普段のズボン(その2) だいぶ前のアウトドア歩き
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
あの夏の日
昔、山によく行っていた頃の足跡。

iTunesのレンタルで映画『剱岳 点の記』を観たので過去の山行を思い出した。
立山、剱岳周辺の山容がよく撮られていた。
機材と大勢のスタッフをあの奥まで移動する苦労がしのばれる。

ワタシの足跡は雲ノ平辺りは全くの空白で残った。

北アルプス北部北アルプス南部
北アルプスの北部(左)と南部(右)
1998年・赤 岳
あか1
<八ヶ岳の主峰:赤岳へ>

<1日目>1998年9月12日(土)
同行:I君
7:14JR秋葉原駅「あずさ」で出発。
9:51茅野駅着。バスで美濃戸口に移動。
11:35歩き始め。南沢ルート。
美濃戸山荘、行者小屋を通過。
16:10赤岳天望荘着。
1泊2食7,000円
ここに宿泊。

<2日目>9月13日(日)
6:30出発。
7:00赤岳頂上(2,899m)。
文三郎尾根から行者小屋を通り美濃戸口に戻る。
バスで茅野駅に。
12:28発の「あずさ」で帰宅。



* * * * * * * * * * * * * * * *



あか2
南沢の登り。

あか3
途中の行者小屋。

あか4
人口林。

あか5
泊る赤岳天望荘が見えて来た。

あか6
赤岳と、その肩あたりの赤岳天望荘。

あか7
地蔵尾根の登り。

あか8
赤岳天望荘に着く。

あか9
北隣りの横岳。

あか10
西隣りの阿弥陀岳と、残照。

あか11
朝食バイキング。

あか12
朝、富士が雲海に浮かぶ。

あか13
朝陽を浴びる赤岳。

あか14
頂上小屋を望む。

あか15
赤岳。

あか16
振り返る北八ヶ岳の峰々。

あか17
赤岳天望荘が下に見える。

あか18
下山開始。

あか19
文三郎尾根を下る。

あか20
行者小屋と阿弥陀岳への分岐点。

あか21
光と影。

あか22
木漏れ日。

あか23
輝く樹木。

あか24
ヤマハハコ。
1998年・北穂高岳
きた1
<1日目>1998年7月30日(木)
夜、O君とクルマで出発。

<2日目>7月31日(金)
未明に沢渡着、仮眠。
バスで上高地(1,520m)着。
この日は涸沢ヒュッテまで。
夏季診療所開設中。
テント泊。1張り2日2人で2,000円。

<3日目>8月1日(土)
昼少し前、北穂高山頂。ガスで何も見えず。
北穂高小屋のテラスで昼食。
テントに戻って2泊目。
夜半から雨。

<4日目>8月2日(日)
風雨激しい。
小止みを見計らって撤収し帰路へ。
沢渡の駐車場に戻り、クルマで温泉へ。

<5日目>8月3日(月)
帰宅。


* * * * * * * * * * * * * * * *



きた2
途中の本谷橋。

きた3
涸沢ヒュッテとキャンプサイト。

きた4
北穂高小屋テラス。

きた5
山頂。
ヘリコプターの邪魔にならぬよう
この杭は抜けるようになっている。

*************
<あれこれ>

きた6
涸沢ヒュッテとキャンプサイトを下に見る。

きた7
北穂高方面を望む。

きた8
涸沢小屋とカール。

きた9
テント。

きた10
幕営領収証とバス(沢渡~上高地)半券。
1998年・白馬岳
1998年7月11日(土)、12日(日)
<第32回白馬岳貞逸祭記念登山>参加




●1998年7月10日(金)
23:50新宿発、アルプス号。


●1998年7月11日(土)
5:36白馬駅着。
会費/17,000円。
岳の湯にて餅とアザミのおひたし。
神事。
9:20猿倉出発。
10:35白馬尻着。茶とカリン糖。
スパッツを付ける。
大雪渓の後は夏道を行く。
ヒヨドリ、レイジンソウ、オオウバユリ、サンカヨウ、キヌガサソウ、イワオオギ、イブキジャコウソウなど見る。
13:25葱平(ねぶかっぴら)
ハクサンチドリ、クルマユリ、ミヤマキンバイ、トリアシショウマ、シロウマアサツキ、コウゾリナなど見る。
小雪渓を越えた所に避難小屋。昨秋出来たらしい。入口が雪で壊れている。
ロウソク岩、船底岩(象岩)、ヨツバシオガマ、オダマキなど見る。
赤岩は不安定でその内落ちるだろうとの事。
16:15村営頂上宿舎着。部屋14℃。
夕食セルフテイク方式。極力生ゴミを出さないように食べられるだけ取る方式。
缶ビール500円、ポカリスエット380円。
絵葉書4枚投函。
20:00就寝。


●1998年7月12日(日)
濃霧。
5:30朝食。
6:30村営宿舎出発。
途中大池山荘で昼食。茶と味噌汁。弁当。コーヒー400円。
コゴメグサ、ヒョウタンボク、ゴゼンタチバナ、コメツガ、コメツガサクラ、チョウノスケソウ、ツマトリソウ、ミヤマホツツジ。モミジカラマツ、ホシガラス、イワヒバリ、ライチョウなど見る。
帰路列車時刻などの記録なし。
帰宅。






※書き掛けです。
1997-1998年・エベレスト街道/ルクラ村からクムジュン村(1/7)
えべ1
<1日目>1997年12月27日(土)
ツアーに参加。

8:00 新幹線東京駅発。
9:36 名古屋駅着。
10:00 名古屋バスターミナル
10:40 名古屋空港着。
13:00 ツアー集合時間
15:20 飛行機動き始める。中國西南航空のチャーター便。
20:30(日本時間)、19:30(中国時間) 中国四川省の成都着。夜霧、小雨。
成都は三国志ころの蜀の都。1元:16円
ホテル泊。

<2日目>12月28日(日)
7:45(中国時間) 飛行機動き始める。成都を出発。
10:45(中国時間)、8:30(ネパール時間) ネパールの首都
カトマンズ(1,330m)に到着予定だったが
濃霧でなかなか降りられず、何回も旋回して時間をつぶし、
10:07(ネパール時間) やっと着陸。
11:20 カトマンズのホテル着。
100円:45ルピー。
昼食を取ってから市内のタメル地区に出掛ける。
交通信号がない。大きな交差点は警官が手信号でさばく。
リクシャー(自転車の人力車)にも乗ってみる。
ホテル泊。ネパール最初の夜。




* * * * * * * * * * * * * 



えべ2
立寄りの中国・成都を離陸。
朝7時過ぎでこんなに真っ暗。
中国は広大な国土なのに、東部中心の時間ひとつしか使わないので、西に行くほど生活と時間がズレる。

えべ3
カトマンズのトリブヴァン空港(1,330m)。日本との時差3:15。

えべ4
カトマンズの大通り(1)。

えべ5
カトマンズの大通り(2)。



<カトマンズのタメル地区>

えべ6
初めてカトマンズの街を歩いて見る。

えべ7
MOMOとはギョーザに似た食べ物。

えべ8
日差しが暖かい。微風も心地よい。

えべ9
トレッキング用品屋が多い。

えべ10
八百屋の店先。野菜・果物など豊富。

えべ11
昔、世界中からヒッピーが集まってきて、たむろしていたとの事。

えべ12
ネパールの文字。

えべ13
テンプーと呼ばれるオート三輪タクシー。

えべ14
ネパールの人々を大きく分けると5つ。
1.山地のヒンズー教徒
2.北インド系南部低地民
3.チベット・ビルマ語系山地民
4.ネワール(カトマンズ盆地に都市文明を築いてきた人たち)
5.チベット系高地民

えべ15
働くおじさん。

えべ16
FAXもEメールも出来る店がチラホラある。

えべ17
ここにも。

えべ18
リクシャーと呼ばれる三輪車。
ホテルまでの帰路に乗る。つんのめりそうな乗り心地。


→(2/7)につづく。
1997-1998年・エベレスト街道/ルクラ村からクムジュン村(2/7)
→(1/7)よりつづく。

<3日目>12月29日(月)
ホテルから空港に移動。
8:00 ヘリコプター搭乗。
8:40 ルクラ村(2,800m)着陸。昼食まで自由時間で村内見物。
11:30 地面にシートを敷いて昼食。
(現地トレッキングサポート要員がセッティング)



* * * * * * * * * * * * * *

 

<カトマンズからルクラ村へ>

えべ19
初めてヘリコプターに乗る。旧ソ連製、5枚ローター、21人乗り。

えべ20
機内は騒音がうるさいので、乗務員から耳栓用の脱脂綿が配られる。

えべ21
ルクラ村着陸。雪山が間近に。

えべ22
ヘリは人と荷物を積み替えて、すぐカトマンズに戻って行った。



<ルクラ村>

えべ23
メインストリート。

えべ24
牛と鶏。

えべ25
ロバ。

えべ26
薪と鶏。

えべ27
トレッキング用品屋。

えべ28
ロッジ。

えべ29
トレッキングに行く人、来る人。

えべ30
ドッコという竹籠。

えべ31
畑に家畜が入らないようにするための石積み。

えべ32
カラス。

えべ33
現地スタッフがトレッキングのための荷造りを始める。

えべ34
ルクラの滑走路は短距離で離発着するため斜め(ゆるい坂)に作ってある。

えべ35
パーリ(5,000m台)が見える。

えべ36
シートを敷いて、昼食。
初めてのネパール・トレッキング第1食目。

えべ37
特にネパールのじゃがいもはおいしい。


→(3/7)につづく。
1997-1998年・エベレスト街道/ルクラ村からクムジュン村(3/7)
→(2/7)よりつづく。


<ルクラ村スタート>

えべ38
<まだ3日目>12月29日(月)
12:30 トレッキング、ルクラ出発。
15:45 パクディン村(2,630m)着。
今日はここでテント泊。1テント2人。トイレテント(男女別)あり。

えべ39
いよいよトレッキングスタート。

えべ40
キッチン・スタッフが追い越して行く。

えべ41
もうあんな所まで先行している。
われわれが拠点に着く頃には、食事の準備ができているのである。

えべ42
ゆれる吊り橋も割合い簡単に渡る。

えべ43
中型の猛禽類。

えべ44
ゾプキョ(ゾッキョ)が荷物を背負って勝手に進んで行く。慣れた一本道なんだろう。
※ゾプキョはヤクと牛の交配種。

えべ45
たくさんのタルチョー。

えべ46
頻繁にゾプキョの一団とすれ違う。



<パクディン村>

えべ47
パクディン村(2,630m)に着いて、今日はここまで。

えべ48
1テントに2人ずつ。

えべ49
大ヤカン。湯、ネパール茶(紅茶)、日本茶などが供される。
お湯はインスタントコーヒー、インスタントみそ汁に使ったり、水筒に入れて湯たんぽにもなる。



* * * * * * * * * * *


<4日目>12月30日(火)
8:00 パクディン出発。
11:30 サガルマータ国立公園ゲート。奥にクンビラが見える。ここで昼食。
15:30 ナムチェ(3,440m)着。
ロッジの中庭にテント泊。
えべ50


えべ51
パーリという5,000m台の山に朝陽が当たる。



<パクディンからナムチェ>

えべ52
ずっとドゥードコシ川沿いに遡って行く。

えべ53
また吊り橋。

えべ54
畑で遊ぶ子供たち。

えべ55
ロバも働いている。道が狭いので人間が道をゆずる。

えべ56
タムセルク(6,623m)が見えてくる。

えべ57
ゾプキョ・ドライバーが要所、要所で追い立てる。

えべ58
サガルマータ国立公園の入り口。見える山はクンビラ(5,761m)。
※エベレストの事をネパール側ではサガルマータと呼び、中国側ではチョモランマと呼ぶ。

えべ59
クンビラのアップ。
ある解説によると、人に幸せと繁栄をもたらす神が宿るこの山が、東の島・日本に伝わって金比羅様になったと言う。

えべ60
急は下り坂をつんのめりそうになりながらゾプキョが頑張る。

えべ61
畑の母と子。

えべ62
またまた吊り橋。

えべ63
何回も川を渡り返しながら上流に進む。

えべ64
途中の河原で昼食。

えべ65
おかわりOK。

えべ66
ヒマラヤ松の松ぼっくり。大きい。20から30cm。ストーブの燃料にも使うが、すぐ燃え尽きる。
ヤクやゾプキョのフンを乾燥させたものの方が火持ちが良い。

えべ67
昼食が済んで、また出発。

えべ68
今回、吊り橋が7本か8本あったがこれが一番高い。

えべ69
初めてエベレストが見えた!
西からのジェット気流で雪煙が舞っている。

えべ70
ナムチェ直前、最後の600mの急登部分。

えべ71
振り返るクスムカングル(6,357m)。

えべ72
エベレストの右にローツェ(8,516m)も見えてきた。



<ナムチェ・バザール>

えべ73
ナムチェ・バザール町(3,440m)到着。

えべ74
今日のテント場はこの中庭。

えべ75
一段落で、ホッとひといき入れる。

えべ76
みやげ物屋が多い。
ヤク毛のセーター、マフラー、帽子、くつ下などがたくさんある。

えべ77
夕暮れのナムチェ・バザール。


→(4/7)につづく。
1997-1998年・エベレスト街道/ルクラ村からクムジュン村(4/7)
→(3/7)よりつづく。


<ナムチェ・バザールからクムジュン村>

<5日目>12月31日(水)
夜明け、水が凍っている。
快晴。
今日は不要な荷物は置いて、
展望ポイントとシェルパのふるさとクムジュン村を回って戻る予定。
8:00 出発。
森林限界3,600mから3,700m。
9:35 シャンボチェ(飛行場あり)着。滑走路は積雪(足首位の深さ)で閉鎖中。
11:00 ホテルエベレストビュー(3,880m)着。展望すばらしい。雲ひとつ無し。
ホテルのテラスでエベレストを見ながらミルクティ(1ポット2人分77ルピー)。
12:50 クムジュン村(3,790m)着。
ゴンパ(僧院)など見学。
16:30 ナムチェ帰着。テント泊。



* * * * * * * * * * * *



えべ78
クワンデ(6,011m)の山並み。

えべ79
天気に恵まれた。
シャンボチェ集落(3,750m)から100m位上に行くと突然エベレスト側の展望が開けた。

えべ80
右にローツェ。その左奥にエベレスト(8,848m)の頭がのぞいている。
雲が全くない。

えべ81
ホテル・エベレストビューのテラスからの展望。
ホテルのオーナーは日本人。

えべ82
欧米人もたくさん来ている。
もともと白人は、地球のどこにでも出掛けて行くという、年季の入り方が違う。



<ナムチェからクムジュン村回り>

えべ83
左カンテガ(6,685m)と右タムセルク(6,623m)。

えべ84
左のカンテガは馬の鞍のような形。

えべ85
タムセルクは双耳峰。

えべ86
アマダブラムと左奥ローツェ。

えべ87
特徴のある山容のアマダブラム(6,812m)。

えべ88
シェルパ族の故郷クムジュン村。

えべ89
クムジュン村を歩く。

えべ90
クムジュン村で昼食。

えべ91
クムジュン村とアマダブラム。

えべ92
エベレストを初登頂したヒラリー卿(英国隊・ニュージーランド人)が寄贈した学校。

えべ93
雪の中のクムジュン村。

えべ94
クムジュン村のゴンパ(僧院)。

えべ95
僧院の中庭。
雪男の頭の皮というものを、金庫から出して見せてくれる。

えべ96
ナムチェ・バザールに戻る。
夕陽がエベレストとローツェを染める。
イエローバンドと呼ばれる黄色い地層が見える。ヒマラヤは大昔、海だったので、アンモナイトの化石がたくさん出る。

えべ97
ナムチェ・バザールのチョルテン(仏塔)。
仏様の目がいつも人々の生活を見ています。悪い事は出来ないという理屈(防犯カメラ理論)。


→(5/7)につづく。
1997-1998年・エベレスト街道/ルクラ村からクムジュン村(5/7)
→(4/7)よりつづく。


<6日目>1998年元旦(木)
帰路。
7:00 出発。
9:00 国立公園ゲート通過。
11:20 パクディン村で昼食。
16:00 ルクラ村に戻る。
テント泊。


* * * * * * * * * * * * 

 
えべ98
ナムチェ・バザール撤収。朝食後、帰り支度。

えべ99
紺碧の空とクワンデ。今日も雲ひとつない。



<ナムチェからルクラへの帰路途中>

えべ100
大きな岩を適当な大きさに割って
たんねんに積み上げて、家や塀をつくっている。

えべ101
集落を通過。

えべ102
ヒマラヤ襞がよく出ている。
(タムセルク)

えべ103
狭い道、ゾプキョ優先。

えべ104
街道筋。
ひと休みする時に背中の荷物を、一時的にあずける台が所々にある。

えべ105
ルクラ村に戻るまでもう少し。トレッキングの最終段階。

えべ106
農家。整然としている。

えべ107
畑と農家。



<7日目>1月2日(金)
10:00 またヘリコプターに乗る。ルクラ離陸。
11:20 カトマンズのホテルに戻る。久し振りに都会の喧噪。
18:00 夕食はギャホックというチベット鍋。
ホテル泊。


* * * * * * * * * * * * * *


<ルクラ村に戻って>

えべ108
愛すべきハナタレ小僧たち。

えべ109
朝食作りの厨房テント。

えべ110
男女別トイレテント。

えべ111
ゾプキョも朝食。
このワラのひと山をほとんど咀嚼せず、とりあえず胃の中に入れている。

えべ112
ルクラ飛行場。
数日前、来た時にはなかったゲート(98年ネパール観光年)が出来ていた。

えべ113
滑走路の上から下を見る。
向こう側のガケ下には離陸に失敗した飛行機の
残骸があるそうな。(池波正太郎かッ!)
やれやれ。(村上春樹かッ!)

えべ114
ヘリコプター会社のルクラ事務所。

えべ115
飛行場の売店。

えべ116
ヘリでまたカトマンズに戻る。

えべ117
カトマンズに戻り、夕食はギャホックというチベット鍋。


→(6/7)につづく。
1997-1998年・エベレスト街道/ルクラ村からクムジュン村(6/7)
→(5/7)からつづく。


<8日目>1月3日(土)
早朝OPツアー:「ナガルコットの丘で日の出を見る」と
「古都バクタプル(別名バドガオン)観光」
4:30 モーニングコール
5:00 バスで出発。
6:50 ナガルコットの丘(市内から約30kmの距離)で日の出見物。
帰路途中、古都バクタプル観光。



* * * * * * * * * * * * *


えべ118
ナガルコットの丘で日の出を待つ。寒かった。



<古都バクタプル>

えべ119
帰路途中、古都バクタプルに寄る。
朝霧が濃く幻想的。

えべ120
見るものすべてに興味惹かれる。

えべ121
ジープバス。

えべ122
道端のテーラー。

えべ123
良質な陶土が採れるので焼き物が盛ん。

えべ124
濃霧が雰囲気を一層引き立てる。

えべ125
木彫りの窓は芸術性が高い。

えべ126
手のこんだ木彫りが随所にある。

えべ127
歴史を感じさせる路地裏。

えべ128
「お寺と鳩」は各国共通か。

えべ129
プジャリ・マート/かつてはヒンズー僧院だったが今は木彫美術館。

えべ130
ダッタトラヤ寺院(1427年建立)。守護する力士像。

えべ131
タチュパル広場。

えべ132
街のいたる所にある小さな祠(ほこら)。

えべ133
街の片隅。

えべ134
ニャタポラ寺院。高さ36mでネパールで一番高い。

えべ135
ニャタポラ寺院。
石段の両側に、下から力士、象、獅子、怪獣グリフィン、女神が配されて本尊を守っている。力士が10人力で、上の像にいくにしたがって10倍ずつパワーアップするとの事。

えべ136
旧王宮の入り口。
15世紀、3つの王国が並立していた時、その中のひとつの都がバクタプル。

えべ137
旧王宮の門の内側。

えべ138
旧王宮の中庭のあたり。

えべ139
旧王宮から外に出た。狛犬? 獅子?

えべ140
カトマンズに戻るため待っているバスのところまで歩く途中、家を呑み込んでいる大樹があった。


→(7/7)につづく。
1997-1998年・エベレスト街道/ルクラ村からクムジュン村(7/7)
→(6/7)よりつづく。

<カトマンズに戻る>

<8日目>1月3日(土)
10:00 バクタプルからホテルに戻って朝食。
昼食まで自由行動でニューロード辺りをブラブラする。
13:30 ホテル昼食。
午後OPツアー「カトマンズ市内観光」
ダルバール広場、スワヤンブナートなど。
18:20 夕食はネワール料理。
ホテル泊。


* * * * * * * * * * * * * * *


えべ141
カトマンズの大通り

えべ142
道路を横断する時は気合いを入れないと渡れない。

えべ143
カトマンズのダルバール広場。

えべ144
店が出ている。

えべ145
シヴァ・パールヴァティー寺院は修理中だった。
破壊神シヴァとその妃のパールヴァティーの像が寺院の上の窓から人々の往来を見つめている。

えべ146
なんとか寺。

えべ147
自転車で働くおじさん。

えべ148
ゴミをあさるノラ牛。

えべ149
スィガー・ストゥーバ(仏塔)。浅草の観音様のような雰囲気。

えべ150
仏塔の上部。

えべ151
スィガー・ストゥーバの鳩。

えべ152
「グルカ兵」の歩哨。
英国は1814年に一度戦って、グルカ兵の強さを思い知る。
以後、ネパール側と協定を結び自軍に引き入れ、現在英国軍の最前線に約3,500人が在籍しているらしい。
ククリと呼ばれるグルカ・ナイフが印象的。

えべ153
ジャガナート寺院。

えべ154
本体がレンガ造りで屋根が木造り。
深い軒先を支えるのには、ツッカイ棒様式でやむを得ないか。

えべ155
同じ寺院か、近所の別の寺院か分からない。とにかく、このあたりにはお寺が集まっている。

えべ156
ここも、なんとか寺。

えべ157
子供たち。

えべ158
水場。

えべ159
午後の日差し。

えべ160
タメイキをつく犬。ネパールで見かけた犬はみんな、なぜか元気がない。



<カトマンズ郊外スワヤンブナート>

えべ161
猿が多いので「モンキーテンプル」とも呼ばれている。

えべ162
ちょっと裏道。

えべ163
時代がついていい味を出している壁。

えべ164
修理をする石工たち。

えべ165
西日とお坊さん。

えべ166
みやげもの屋。窓の子供。屋根の猿。

えべ167
犬。

えべ168
猿。

えべ169
385段あるという石段。

えべ170
途中におもらいさんが待ち構えている。



<エピローグ>

えべ171
日本に来るのが「来日」なら、ネパールに来るのは「来ネ」。

えべ172
ネパール最後の夜。
ネワール料理。スタービールはネパールの地ビール。

えべ173
中国チベット自治区の首府ラサ上空。左の大きな建物はポタラ宮。

えべ174
火星のように赤茶けて荒涼としている中国西南域。人間を寄せつけない大自然。

えべ175
トレッキング・パーミットとネパール10ルピー紙幣。

ネパール1ネパール2






* * * * * * * * * * * * * 

<9日目>1月4日(日)
朝、カトマンズを離陸の予定だったが、
霧で離陸出来ず、ホテルに戻り待機。
12:25 遅れに遅れ(約4時間)やっと離陸。
帰路も中國西南航空のチャーター便。
途中また中國西南航空の拠点成都に着陸。
給油等の作業。
名古屋空港は23:00以降の離発着不許可。
これから飛ぶと日本時間23:00を過ぎるという事で飛び立てず
成都に臨時宿泊する事になった。
帰宅が1日遅れる事になりいろいろ大変。
臨時に泊る事になったホテルは日本と繋がる電話が
1本しかなく長い列になった。
20:00 とにかく遅い夕食。そして臨時ホテル泊。

<10日目>1月5日(月)
8:08(中国時間) 成都離陸。
結局中國西南航空往復で4回の食事があったがすべて同じメニューだった。
食にうるさい日本人が乗客なのでブーイング。
12:30(日本時間) 名古屋空港着陸。
13:55 JR名古屋駅新幹線発。(ひかりは混んでいて乗れないのでこだま自由席)
16:49 東京駅着。帰宅。

<この項おわり>
岩木山、八甲田山
旅行会社ツアーに参加。

●1997年10月3日(金)
18:00会社を出る。一旦帰宅。
21:41上野発特急「あけぼの」B寝台。

●10月4日(土)
7:00前、秋田を過ぎると車内販売あり。
コーヒー300円。
9:45弘前着。
10:50リフト乗り場(八合目)着。
11:05リフトに乗る。
11:25リフトで九合目着。登り始める。
11:55岩手山山頂。昼食。ガスで景色見えず。11℃。
12:20下山開始。
15:15登山道終了。バスに乗る。
夕方<酸ヶ湯(すかゆ)温泉>着。
18:45夕食。
21:00就寝。

●10月5日(日)
6:00起床、雨。
8:30宿出発。
8:40ロープウェイ駅着。
9:10登り始める。
10:20赤倉岳(八甲田山)頂上。
11:15大岳(八甲田山)頂上。
毛無岱/紅葉素晴らしいが雨の中。
14:00酸ヶ湯温泉の裏に降りて来る。また千人風呂入浴。
15:30バスで出発。奥入瀬、十和田湖通過しながら見る。
18:10三沢空港着。
20:45帰宅。




※書き掛けです。
木曽駒
団体ツアーに参加。
1997年9月13日(土)8:00秋葉原バス出発。15:50千畳敷着。ホテル千畳敷宿泊。入浴。
9月14日(日)5:40出発。7:20木曽駒頂上。6度C、視界10m。8:55千畳敷に戻る。15:40新宿バス帰着。

きそこま1きそこま2
きそこま4きそこま3
1997年・針ノ木岳、蓮華岳
はり1
<1日目>1997年8月5日
夜、クルマでO君と出発。

<2日目>8月6日
朝、扇沢着。
15:00針ノ木小屋着。
テント張り代、1張1,000円。
夜中、風強くテントが飛ばされそうな程。
雨も強弱の変化。

<3日目>8月7日
朝テント撤収して、台風接近しているので
2泊目は小屋素泊まりを申込む。
1人6,000円。
日中は一応晴れ。
まず針ノ木岳往復。
次に蓮華岳往復。
夕方から雨、その後、雷と大雨。

<4日目>8月8日
朝、風雨強し。
天気回復を待って様子見るも変らず。
下山開始。
途中の沢が増水で激流。
太ももまで浸かって渡渉。
かなり危なかった。
葛温泉1泊。

<5日目>8月9日
帰宅。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



はり2
針ノ木沢。

はり3
針ノ木小屋。

はり4
針ノ木岳(右)

はり5
蓮華岳。

はり6
道 標。

はり7
ブナの大木。

はり8
針ノ木雪渓の取り付き部分。

はり9
針ノ木岳山頂から見た黒部湖。

はり10
帰路の難関。
雨とガスとピンボケで不鮮明。

2日前の往路の時は流量1/10位の普通の流れだった。
台風の影響の雨で増水した。
ここを渡らないと帰れないので必死の形相で渡る。
底石に足を滑らせたらアウト。
1997年・白馬岳
1997年7月11日~7月13日
第31回白馬岳貞逸祭記念登山に参加。


●1997年7月11日(金)
22:00家を出発。コンビニでオニギリ5個(明朝と昼分)購入。
23:52新宿発。

●7月12日(土)
5:38白馬駅着。雨。
O君と合流。
<白馬岳貞逸祭記念登山>受付
記念登山会費/17,000円。
アイゼン保証金/1,000円(終了時返金)。
猿倉で餅と豚汁ふるまい。
7:00猿倉から登山開始。
7:50白馬尻。
雪が少ない。大雪渓がだいぶ後退している。コーヒー400円。
9:00白馬尻スタート。
14:00村営頂上宿舎で小休止20分。
14:40白馬山荘着。乾燥室にこれでもかと干す。
濡れた靴下を新しい靴下に履き替えたが廊下が水浸しなので歩くとビチャビチャに濡れる。やむを得ず裸足になる。
15:30スカイプラザでホッと一段落。 生ビール860円。まずい枝豆700円。夕食にまだ間があるのでさらに缶ビール(大)790円。ちなみに小は590円と値付けされている。
17:30夕食。

●7月13日(日)
霧雨。
5:00朝食。
5:35集合。主催者側から提案。
本日は白馬鑓ヶ岳ルートは天候不良で難渋が見込まれる。健脚以外は白馬大池ルートを勧めるので申し出でよとの事。
ワタシとO君も大池ルートに変更した。
7:30山荘出発。
7:50白馬岳山頂着。
8:00山頂出発。
9:35小蓮華頂上。雷鳥が近くにいる。
11:05白馬大池小屋着。他のグループも小屋にいて混雑。小屋に入れず雨の中で弁当食べる。食後コーヒー400円。
コバイケイソウ、ゴゼンタチバナ、ズダヤクシュ、モミジカラマツ。
14:30栂池山荘着。
16:10白馬駅に戻る。
列車まで時間があるのでミミズクの湯(400円)に行く。
17:09スーパーあずさ14号。自由席、うれしい誤算でガラ空き。
車内販売、弁当(1,020)+缶ビール(250)。
21:06新宿着。



※書き掛けです。
1996-1997年・パプアニューギニア
ぱぷ1
パプアニューギニアのウィルヘルム山ツアーに参加。

<1日目>1996年12月28日(土)
羽田から関空に移動。
夜、関空出発。

<2日目>12月29日(日)
ポートモレスビー(首都)着。
国内線乗換えでマウントハーゲン着。
ホテル泊。

<3日目>12月30日(月)
登山基地の村、ケグルスグル(2,550m)にマイクロバスで移動。
ロッジ泊。

<4日目>12月31日(火)
トレッキングでピュンデ湖畔の山小屋(3,550m)に移動。
山小屋泊。

<5日目>1997年1月1日(水)
深夜0時起床。軽食取り登山開始。
ワタシを含め数人ギブアップでリタイア。残念! 小屋に戻る。
ウィルヘルム山の頂上(4,508m)に立ったのはツアー11人中6人。エライ。
山小屋泊。

<6日目>1月2日(木)
ケグルスグルまで歩き、マイクロバスでマウントハーゲンに戻る。
ホテル泊。

<7日目>1月3日(金)
国内線でポートモレスビーに戻る。市内観光。
日付変わって深夜0:30離陸。

<8日目>1月4日(土)
関空着、乗り継いで羽田着。帰宅。



* * * * * * * * * * * * * * * *



ぱぷ2
ホテル。
イスラム国なのでホテル内しかアルコールを飲めない。

ぱぷ3
観光ショー。
素顔はなかなかインテリ顔。

ぱぷ4
お世話になったポーターの人たち。

ぱぷ5
ピュンデ湖畔の山小屋。
電気は自家発電。


<出会ったひとびと>

ぱぷ6
マイクロバスで移動途中、
好奇心で寄って来る子供たち。


ぱぷ7
トレッキング途中の道端の家の子たち。
とてもナイーブな感じ。

ぱぷ8
ケグルスグル村の人たち。

ぱぷ9
ポートモレスビーの
コキ・マーケットにて。

パプ10
山小屋経営、旅行代理およびポーターの雇用などを
しているオーストラリア人Bさん。
手伝っている息子M君は180cm位だが
なんと14歳との事。


<あれこれ>

ぱぷ11
ポートモレスビーの地図。

ぱぷ12
トレッキングの山道はとにかく泥んこ。

ぱぷ13
貨幣単位:1キナ=100トナ=約87円(1996年12月現在)
日本との時差:1時間早い

ぱぷ14
山小屋のすごい屋外トイレ。
かなり辺境に来た実感。

ぱぷ15
チケットやタグ類。
那須高原(茶臼岳、三斗小屋温泉、朝日岳、三本槍岳、北温泉)
団体ツアー参加。

1996年11月9日(土)
7:15東京駅丸の内北口新丸ビル前からバス出発。
12:00ころ那須岳山麓~(ロープウェイ)~山頂駅~
茶臼岳(1,915m)~三斗小屋温泉(1,450m大黒屋旅館)宿泊

1996年11月10日(日)
7:30三斗小屋温泉発~朝日岳(1,896m)~三本槍岳(1,917m)~北温泉(入浴のみ)~帰宅


――――――


ロープウェイロープウェイチケット
茶臼岳茶臼岳山頂
蒸気活火山なので蒸気やガスが噴き出ている
三斗小屋三斗小屋温泉(大黒屋)
源泉源泉
大黒屋夕食夕食
三本槍三本槍岳山頂、強風とガス
北温泉北温泉
1996年・燕岳と餓鬼岳
つば1
<1日目>1996年9月21日(土)
登山ツアーに参加。
朝、JR新宿発。
穂高駅から中房温泉に移動。
歩きスタート。
合戦小屋を通過して燕山荘着。
夕焼けがきれい。
燕山荘宿泊。

<2日目>9月22日(日)
雨。6:40スタート。
7:00燕岳山頂。
13:45餓鬼岳山荘着。
ここに宿泊。

<3日目>9月23日(祝・月)
早朝、空身で餓鬼岳頂上を往復。
7:00帰路スタート。
白沢の出合からタクシー分乗。
高瀬温泉着。
入浴と昼食。
タクシーで大町駅。
15:31発スーパーあずさで帰宅。



* * * * * * * * * * * * * * * *



つば2
ベニテングダケ。

つば3
途中の合戦小屋。
ストーブが恋しい。

つば4
紅葉の中を登る。

つば5
槍が見える。

つば11
燕山荘から槍方面を見る。

つば12
夕雲が染まる。

つば13
燕岳のシルエット。

つば14
燕山荘の夕食。

つば15
翌日、燕山荘の朝食。

つば16
9月22日(日)
今日一日、雨の覚悟。
燕山荘の前。

つば17
燕岳頂上。

つば18
雨中のひと休み。

つば19
餓鬼岳小屋の夕食。
山小屋でチラシが出るのは初体験。

つば20
9月23日(祝・月)
餓鬼岳小屋の朝食。

つば21
餓鬼岳頂上。

つば22
餓鬼岳頂上からの眺め。

つば23
下山途中の小休止。

つば24
紅葉を満喫した。

つば25
沢伝いの下山道。
足場悪し。
1996年・剱 岳
つる1
<1日目>1996年8月9日
夜、O君とクルマで出発。

<2日目>8月10日
朝、扇沢に駐車。
ロープウェイなどを乗り継いで室堂に。
そこから歩き始め剱沢小屋のキャンプサイトにテントを張る。

<3日目>8月11日
不要な荷物をテントに置いて剱岳の山頂を往復。
テントに戻りそこで2泊目。

<4日目>8月12日
下山して温泉1泊。

<5日目>8月13日
帰宅。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


つる2
ちょっとあこがれだった剱岳。

つる3
剱沢小屋のキャンプサイト。
テント張り代、1人500円(何泊でも同じ料金)。
自己申告制。
(※当時)

つる4
タテバイ、ヨコバイのあたり。

つる5
稜線からキャンプサイトを遠く望む。
左が剱沢小屋。
1996年・白馬岳
第30回<白馬岳貞逸祭記念登山>参加



●1996年7月12日(金)
23:50新宿発、急行アルプス号。


●1996年7月13日(土)
快晴。
5:05信濃大町駅終点下車。
5:10信濃大町駅快速乗り換え。
5:35白馬駅下車。
会費17,000円、アイゼン保証金500円。
6:15白馬駅前でO君と合流。
8:30白馬尻小屋の雪渓で神事。
11:42葱平(ねぶかっぴら)で昼食。
12:30葱平(ねぶかっぴら)出発。
14:50村営頂上宿舎通過。
15:30白馬山荘着。
スカイプラザ/生ビール850円、缶ビール580円。
17:00夕食。
部屋に戻りすぐ寝てしまう。6畳に5人。


●1996年7月14日(日)
4:10ご来光を見るため集合も雨で中止。
5:00朝食
6:30白馬山荘出発。
9:50白馬大池で昼食。コーヒー400円。
途中の雪渓でザイルを張ってくれる。アイゼンも付ける。
14:45白馬駅戻る。O君はここからクルマで帰宅。
15:06白馬駅発「スーパーあずさ10号」自由席。
18:36新宿駅着。


ミヤマオダマキ、ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイ、ハクサンイチゲ、ミヤマアズマギク、コマクサ、イワベンケイ、ウルップソウ、タカネツメクサ、オヤマノエンドウ、タカネヤハズハハコ、ヤマハハコ、コイワカガミ、ショウジョウバカマ、キバナシャクナゲ、ハクサンシャクナゲ、キバナイチゴ(おいしくないとの事)、ゴゼンタチバナ、アオノツガザクラなどを見た。




※書き掛けです。
1996年・宮之浦岳と縄文杉
やく1
<1日目>1996年5月2日(木)
旅行会社のツアー参加。
11:07羽田発。
12:35鹿児島着。
13:15鹿児島発。YS-11に初めて乗る。
13:50屋久島着。
滝や海中温泉観光。
民宿泊。
トビウオの刺身を食べる。

<2日目>5月3日(金・祝)
バスで登山口に移動。
7:00登山開始。
淀川小屋(避難用無人小屋)、花之江河(エゴ)通過。
12:00宮之浦岳頂上(1,935m)。
17:05登山口に戻る。
ホテル宿泊。

<3日目>5月4日(土)
雨の一日。
バスで今日の登山口に移動。
7:00歩き始める。
9:30トロッコ軌道歩きが終わって、山道歩きに。
11:40縄文杉到着。
15:45登山口に戻る。
ホテル宿泊。

<4日目>5月5日(日)
帰宅。


* * * * * * * * * * * * * * * *



やく2
羽田。

やく3
鹿児島で乗換え。
初めてのYS-11。

やく4
屋久島空港着。

やく5
千尋滝(センヒロタキ)。

やく6
大川(オオコ)の滝。

やく7
平内海中温泉。
今回は満潮で入れず。

やく8
いよいよ宮之浦岳登山スタート。
登山口。

やく9
途中の無人避難小屋(淀川小屋)。

やく10
湿原の花の江河(エゴ)。

やく11
湿原にオタマジャクシがたくさんいる。

やく12
山頂が見えてくる。

やく13
頂上直下の低木帯。

やく14
となりの永田岳。
屋久島で2番目の山。

やく15
帰路通過の淀川小屋はテントで満杯。

やく16
5月4日
今日は雨、雨、雨。
縄文杉ツアーに出発。

やく17
昼の弁当配給。
ザックに入れる。

やく18
トロッコ軌道歩きが始まる。

やく19
ウィルソン株。
約400年前に伐採された後の切り株。

やく20
縄文杉。
樹齢7,200年と言われているが、3,200年位との説もある。
1995-1996年・オーストラリア東南部/タスマニア、コジオスコ山など(1/2)
たす1
<1日目>1995年12月28日(木)
ツアーに参加。
成田集合。
冬物コート預け。12/28→1/4分:1,650円(引取時支払い)
19:25離陸。

<2日目>12月29日(金)
時差+1時間。
5:00ブリスベーン着。空港内で休憩。
6:00離陸。
8:25シドニー着。両替1ドル:84円。
13:45シドニー発。
15:30タスマニアのホバート着。
バスでクレードル・マウンテン国立公園に出発。
途中、ロス(ROSS)という田舎町で休憩。
次に別の町のレストランで夕食。
夫婦できりもりしているアットホームな店。
21:00頃やっと夕日が沈む。
22:30頃やっと宿泊地のクレードル・マウンテンロッジ着。
各コテージに分かれる。
薪ストーブがすばらしく良く燃える。

<3日目>12月30日(土)
7:30管理棟に集まって朝食バイキング。
巣のままの蜂蜜を初めて食べる。
マイクロバスでトレッキング出発口に移動し歩き始める。
13:55クレードル・マウンテン頂上。
16:50トレッキング終点で迎えのバスに乗る。
17:30ロッジに戻る。

<4日目>12月31日(日)
7:00バス出発。
10:00ローンセストン空港着。
10:55離陸。
12:25シドニー着陸。双発ターボプロップ機に乗換え。
13:00シドニー離陸。
13:50キャンベラ着陸。暑い。バスで移動。
17:00スレドボのホテル着。
夜、雨になる。

<5日目>1996年1月1日(月)
オーストラリア最高峰のMt.コジオスコ(2,228m)登山日。
朝起きると、強風と雨で視界20mから30m。
決行か中止か出発を遅らせて協議。
結局、スタートする(この地を熟知している現地ガイド付き)。
リフト(冬はスキー用)に乗る。降り口から頂上まではほぼ平坦な高原。
13:35コジオスコ頂上。雨とガスで視界10m。
晴れていれば鼻歌のハイキングコース。
15:10リフト駅に戻る。
16:00ホテルに戻る頃になって快晴になる。

<6日目>1月2日(火)曇りのち雨
午前フリータイムで散歩。
12:30頃バスでスレドボを出発。景色があきれる程変わらず。退屈。
15:20頃キャンベラ空港着。
18:00シドニー着陸。バスで移動。
20:00ブルーマウンテンのホテル着。

<7日目>1月3日(水)雨
9:00バスで出発。
ブルーマウンテン国立公園に行く。
奇岩スリー・シスターズ、カトゥータンバの滝、
シーニック・レイルウェイなど回る。
同行のひとりのスネにヒルが吸いつく。
バスでシドニーに移動。
15:35シドニーのホテル着。
夕食までの約3時間シドニー散歩。
夏とは思えぬほど涼しい。寒い位。

<8日目>1月4日(木)
ツアーはまだ続くがワタシは明日会社なので一日早く帰る。
10:05シドニー離陸。
17:35成田着陸。帰宅。



* * * * * * * * * *



たす2
12月29日早朝、ブリスベン空港立寄り。

たす3
電話機。国によるデザインの違い。
(ブリスベン空港)

たす4
旅の実感。インドの人たち?
(シドニー空港)

たす5
カウンター。(シドニー空港)

たす6
空港作業員がみんな半ズボンの制服でキュート。
(シドニー空港)



<タスマニア>

たす7
赤道を挟んで、北海道とほぼ同緯度でほぼ同じ大きさ(北海道より少し小さい)。
気候も似ているらしい。

たす8
ホバートからのバス移動中、ちょっと休憩のロス(ROSS)という小さい町。
時間が止まったような静かなところ。

たす9
22:30、やっとオーストラリア初日の宿泊所「クレードル・マウンテン・ロッジ」着。
各コテージに分かれてひと段落。
薪ストーブがすばらしく良く燃える。

たす10
12月30日の朝。
昨夜着いた時は暗くて何も見えなかったが明るくなってやっと全容がわかった。
ここがメインの管理棟。朝食で集まる。
(クレードル・マウンテン・ロッジ/タスマニア)

たす11
12月30日朝食バイキング。

食事が終わってコテージに戻る道の向こうから、ポッサムが一匹テクテク歩いて来た。
ちょっと緊張して歩き続ける。
「あんまり近づき過ぎたら逃げるよ。でもめんどくさいな」
という気配だったので、お互い知らんぷりしてスレ違った。
うれしい体験だった。

たす12
地元の観光客も夏の休暇を楽しんでいる。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす13
いろいろなトレッキングルートがある。
地元のトレッカーはテント持参で何日もキャンプして回るらしい。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす14
いよいよ歩き始める。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす15
低木の実。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす16
途中の小さな山。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす17
ドブ(DOVE)湖。天気に恵まれた。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)


たす18
ハンソン湖。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす19
昼の弁当。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす20
ゴツゴツな山々。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす21
ケッコウ大変なガレ場。
(クレードル山/タスマニア)

たす22
有りがちな景色。
(クレードル山/タスマニア)

たす23
途中、下を見る。
(クレードル山/タスマニア)

たす24
陽が当たらない南側(! 南半球だから)に雪が残っている。
(タスマニア)

たす25
クレードル山(1,545m)。
右側の一番高い所がピーク。割合い問題なく登れた。どこか別の星のような雰囲気。
(タスマニア)

たす26
おもしろい形の遠くの山。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす27
ブッシュの花々。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす28
ワラビーがいた。
触れる程ではないが、近づいても面倒くさがって逃げない。
ウォンバットも見たが、フィルム交換中にいなくなった。
(クレードル・マウンテン国立公園/タスマニア)

たす29
ローンセストンからシドニー間はそこそこのジェット機だったが、
シドニーからキャンベラは小さな双発ターボプロップ機。
(タスマニア)


→2/2につづく。
1995-1996年・オーストラリア東南部/タスマニア、コジオスコ山など(2/2)
→1/2からのつづき。


たす30
キャンベラ着。
すぐバス移動なのでキャンベラ市内はまったく見ない。

たす31
キャンベラからスレドボに移動。
途中のドライブインにいた犬。
「おとなしいから大丈夫」と飼い主が言うのでみんなで撫でまくったら喜ぶ。
(本当は外国の動物に不用意に近づくのはよくないらしいが)



<スレドボ>

たす32
冬期オリンピックも開催されたスキーリゾート。
夏も観光客が大勢訪れる。

たす33
スレドボのホテルに到着。

たす34
1996年元旦。
雨。

たす35
厳重な雨支度で様子を見る。雨も風も強い。
(スレドボ)

たす36
コジオスコ山を目指してスタート。
途中の岩陰で風雨を避け昼食。
槍ヶ岳の「坊主の岩屋」をもじって「オージーの岩屋」と名付けたい。
(スレドボ)

たす37
無事、オーストラリア最高峰コジオスコ頂上に導いてくれたスレドボのガイドのJさん。
頂上、視界10m。
(スレドボ)

たす38
ホテルに戻り、濡れてしまったものを乾かす。
オーストラリアの紙幣は薄いプラスチックのような素材なので水には強い。
(スレドボ)

たす39
翌朝(1月2日)、すっかり晴れる。
夏休みの観光客(主にブッシュ・ウォーカー)がぞくぞくと詰めかける。
リゾート気分横溢。
昨日の疲れもなんのその、ガイドのJさん夫妻も忙しい。
(スレドボ)

たす40
花。
(スレドボ)

たす41
1月2日
スレドボからキャンベラにバス移動。
2時間以上走っても外の景色が変わらない。対向車も少なく、あまりにも単調。
(運転士が眠っていないか心配)



<ブルーマウンテン>

たす42
22:00ブルーマウンテンのホテル着。
例によってまだ明るい。

たす43
1月3日
また雨。

たす44
ブルーマウンテン国立公園。

たす45
雨の中、またスタート。
スリー・シスターズ付近。
(ブルーマウンテン国立公園)

たす46
「シーニック・レイルウェイ」、スリル満点。斜度50数度。
(ブルーマウンテン国立公園)

たす47
色あざやかなインコが、ごく普通に飛び回っている。
(ブルーマウンテン国立公園)



<シドニー>

たす48
やっと今回の旅行で初めての『大都会(シドニー)のホテル』に落ち着く。
下の写真:ドア押さえの砂袋が大げさだけど興味深い。

たす49
シドニー市内。
シドニーで印象に残ったのは、歩行者が赤信号でもドンドン渡る事。

たす50
シドニーのハーバー全景。

たす51
有名なハーバーブリッジ。
(シドニー)

たす52
桟橋あたりの風景。
(シドニー)

たす53
ブラブラ歩いていたら、昨日のテレビニュースでやっていた火事現場に出くわした。
(シドニー)

たす54
1月4日、帰宅日。
シドニーの空港で見かけたペインティング・ジャンボ。

たす55
機種によって微妙に停める位置が違うようで、
その目印ポイント。
(シドニー)
1995年・雨の鹿島槍と爺ヶ岳
かし1
<1日目>1995年9月15日(金・祝)
登山ツアーに参加。
新宿からバスで扇沢に。
13:40登山開始(柏原新道)。小雨。
17:45種池山荘着。
夏ほどの混雑なし。ワタシの部屋は4畳に3人で楽勝。

<2日目>9月16日(土)
6:30出発。
7:15爺ヶ岳(2,670m)山頂着。
8:50冷池山荘(2,410m)着。
空身(弁当、水のみ持つ)で鹿島槍ヶ岳(2,889m)往復。
13:10山荘に戻る。宿泊。

<3日目>9月17日(日)
6:30出発。
10:10西俣出合。
11:20高瀬温泉で入浴と昼食。
15:31スーパーあずさに乗る。帰宅。


* * * * * * * * * * * * * * * *


かし2
歩きスタート。

かし3
ナナカマドの実。

かし4
雨とガスに煙る種池山荘。

かし5
翌朝、種池山荘を出発。

かし6
雨の稜線(1)

かし7
爺ヶ岳山頂。

かし8
雨の稜線(2)

かし9
ウラシマツツジ。

かし10
雨の稜線(3)

かし11
道標。

かし12
冷池山荘。
ここに荷物を置いて、弁当と水だけ持ち
鹿島槍まで往復。

かし13
冷池山荘の壁面。

かし14
情報。

かし15
ほんの数十秒ガスが晴れて、
鹿島槍への稜線が見える。

かし16
鹿島槍ヶ岳山頂。
雨の中で昼食。

かし17
冷池山荘室内。
一人ひとつの布団でゆったり。

かし18
林道にひょっこりカモシカがいた。

かし19
最後の林道歩き。
まだ雨が降っている。

かし20
山の中で3日間雨に降られたが、
皮肉にも帰りの列車に乗ったら青空が出た。
1995年・甲斐駒ヶ岳と仙丈岳
かい1
<1日目>1995年8月11日(金)
夜、O君と出発。

<2日目>8月12日(土)
早朝、広河原着。少し仮眠。
北沢峠にバスで移動。
北沢長衛小屋でテント泊手続。
2人2泊で1,600円(@400)
昼寝と周辺散歩。
ここをベースにして明日から甲斐駒と仙丈に。

<3日目>8月13日(日)
仙水峠、駒津峰を通過して甲斐駒ヶ岳山頂。
下山は双児山経由。
昼過ぎ北沢峠に戻る。
テント泊。

<4日目>8月14日(月)
今日は仙丈岳に向かう。
ヤブ沢小屋と馬の背ヒュッテの分岐から
馬の背ヒュッテ通過。
仙水小屋を経て仙丈岳山頂。快晴。
下山は小仙丈、大滝の頭を経て
北沢峠に戻ってテント撤収。
芦安温泉に泊る。

<5日目>8月15日(火)
帰宅。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


かい2
甲斐駒を望む。

かい3
甲斐駒山頂。

かい4
仙丈の頂上が見えて来た。

かい5
仙丈の山頂。

かい6
テント泊受付。

かい7
長衛荘の薪積み。

かい8
テントサイト。

かい9
六方石という大岩。

かい10
仙丈からの眺め。

かい11
道 標。

かい12
清流で冷やす。

かい13
見かけた植物。

かい14
陽に干す。

かい15
いろんなモノ。
1995年・白馬岳
第29回<白馬岳貞逸祭記念登山>参加。



●1995年7月7日(金)
23:50新宿駅発、急行アルプス号。


●1995年7月8日(土)
5:33白馬駅着。大雨。猿倉への道、土砂崩れで不通。
会費18,000円、アイゼン保証金500円。
悪天候でコース変更。
(A)八方
(B)白馬大池…ワタシ
とりあえず岳の湯で休憩。
8:30スポーツアリーナで神事。
餅、山菜、豚汁のふるまい。
ますます土砂降り。持参のおにぎり2個食べる。
白馬大池には本日行かず。
栂池ヒュッテ泊。
昼寝。
小降りになったので栂池自然公園散策。
イワカガミ、リュウキンカ、オオイタドリ、コバイケイソウ、キヌガサソウ、ミズバショウなど見る。
18:30ビジターセンターでスライド上映会。
20:00お開き。


●1995年7月9日(日)
雨。白馬大池も中止。栂池周辺散策に変更。
6:30朝食。
8:00レインウェア、空身で自然園散策に出発。
展望拠点2020mくらい。
サルオガセ(地衣植物)、イワナシ、クロマメノキ、コケモモ、ゴゼンタチバナ、シラネアオイ、ミヤマキンポウゲ、ハクサンイチゲ、チングルマなど見る。
11:00栂池ヒュッテに戻り昼食。
12:00栂池ヒュッテ出発。
13:10白馬駅に戻り解散。
14:50みみずくの湯、400円。
15:56白馬駅から鈍行に乗る。松本まで約1時間40分も掛かる。信濃大町20分停車。
17:37松本着。
18:19松本駅発、あずさ74号。
(時間不明)新宿駅着、帰宅。




※書き掛けです。
第10回外秩父七峰縦走ハイキング大会参加
東武鉄道主催。
1995年4月23日(日)朝、東上線「小川町駅前」受付、スタート。事前申し込み要。無料。
自分のその日の調子を見ながら自分の判断で行けるところまで行く。
ルートのどこからでもエスケープルートが確保してある。

外秩父1外秩父2
外秩父3外秩父4
1994-1995年・玉山/台湾
たい1
旅行会社のツアー参加。
<1日目>1994年12月29日(木)
夕方、成田発。
時差1時間。
台北着。
両替/20,000円:5,080台湾元
ホテル泊。

<2日目>12月30日(金)
国内線で嘉義に移動。
阿里山森林鉄道で登山基地となる阿里山に移動。
ハプニング:乗った列車に踏切でクルマが突っ込む。女性ドライバーの悲鳴が聞こえた。
徐行程度のスピードだったので、幸い大事には至らず15分くらいで再出発。
この日は阿里山のホテルに宿泊。

<3日目>12月31日(土)
ホテルからクルマで塔々加(タタカ)鞍部下(約2,500m)に移動。
歩きスタート。
山小屋の排雲山荘(3,528m)に着。
ここに宿泊。

<4日目>1995年1月1日(日)
未明3:20スタート。
まだ日の出前5:47に玉山頂上(3,952m)。6:30頃、日の出。
排雲山荘に戻り朝食。
阿里山に下山。

<5日目>1月2日(月)
バス移動。
高速道路で途中、台中市のレストランで昼食。
また高速道路で台北に戻る。
ホテル泊。

<6日目>1月3日(火)
台北発、13:50成田着。



* * * * * * * * * * * * * * * *



たい2
国内線移動。
小さくていい味を出しているターボプロップ機。

たい3
漢字はありがたい。意味が分かる。
他にもナルホド系で「頑張れ」が「加油」。
「消火器」が「滅火器」

たい4
森林鉄道の説明。
3重ループに4回のスイッチバック。

たい5
改札口。
「剪票口」と書いてある。

たい6
嘉義駅ホーム。

たい7
こちらが先頭車両。
うしろにディーゼル機関車がついていて押す。

たい8
走り出してすぐ踏切事故。
列車の横腹にクルマが突っ込む。
双方ともスピードが出ていなかったので
クルマのボンネットが曲がるがケガ人なし。

たい9
途中駅。

たい10
夕方、阿里山駅に着く。

たい11
クルマはここまで。
いよいよ歩きがスタート。

たい12
昼弁当。
油っこくて、おかずは2/3位残す。

たい13
ひと休み。

たい14
玉山頂上が見える。

たい15
道標。

たい16
山小屋の排雲山荘。
地元の登山者も多い。

たい17
地元登山者はテント泊も。

たい18
日の出待ちで、風を避けている。
寒い。

たい19
パノラマ。

たい20
下山。

たい21
途中の一枚岩でフリークライミングを真似る人。

たい22
帰路途中の台中市のレストランで昼食。

たい23
台北市内。

たい24
台北夜景。

たい25
無事成田に戻って、ひと息入れる。
唐松岳、五竜岳
旅行会社の団体山岳ツアーに参加。(ガイド2人含む総勢20人。ガイドは白馬駅から白馬駅まで帯同)

地図


<1日目>
1994年9月23日(金・祝)
10:00/新宿発(特急あずさ9号)
あずさ新宿駅

13:41/白馬着
14:00/白馬駅前バス出発 21℃。

<ゴンドラ・リフト>
八方駅(770m)→うさぎ平(1,400m)→黒菱平(1,680m)

14:45/歩きスタート
15:15/八方池山荘(1,850m)着。宿泊。
風呂あり、ただし石鹸無しで浸かるだけ。
18:00/夕食。缶ビール400円。
八方池山荘八方池山荘


<2日目>
9月24日(土)
5:00/起床
6:00/出発
ケルン八方尾根 途中のケルン

キレット不帰のキレットが見えて来た

7:15/八方池
八方池八方池

ななかまどナナカマドとハイマツ

9:30~9:45/唐松山荘休憩
10:00/唐松岳山頂(2,696m)
から松だけ

唐松山荘唐松岳山頂付近から唐松山荘を振り返る
10:25/唐松山荘に戻る。8℃。
10:45/出発
13:13/五竜山荘着
13:45/山荘発
14:37~14:47/五竜岳山頂(2,814m)
五竜岳

15:37/五竜山荘に戻る。宿泊。
17:40/夕食。缶ビール580円。



<3日目>
9月25日(日)
5:30/起床。
6:30/朝食。
7:00/出発。氷雨。
雨五竜山荘前、風雨強し

(9:00過ぎ、晴れて来る)

10:58/アルプス平駅(1,515m)~とおみ駅 <テレキャビン>
<エスカルプラザ>で入浴と昼食。
えすかるぷらざ整った施設のエスカルプラザ

14:55/白馬発(特急あずさ26号)
18:36/新宿着。
1994年・北 岳
きた1

<1日目>1994年7月29日(金)
夜、O君とクルマで出発。

<2日目>7月30日(土)
広河原の駐車場が満杯だったがやっと留める。
大樺沢を登る。
八本歯のコルを通過。
この日は頂上には行かず左に折れて
北岳山荘のキャンプサイトに泊る。

<3日目>7月31日(日)
朝食は小屋で食べる。
北岳に向かう。振り返れば間ノ岳が見える。
山頂を通過し、肩の小屋に向かう。
今夜はここにテント泊。

<4日目>8月1日(月)
下山開始。
甲斐駒と仙丈岳が良く見える。
白根御池小屋を通過して駐車場に戻る。
桃の木温泉に1泊。

<5日目>8月2日(火)
帰宅。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


きた2
八本歯のコル。
ガスが濃くなってきた。

きた3
頂上に向かう途中、振り返る北岳山荘。

きた4
肩の小屋に向かって下る。

きた5
肩の小屋のキャンプサイト。
鳳凰三山が真正面。

きた6
朝焼け。

きた7
北岳山荘。
快晴。

きた8
小さなケルン。

きた9
甲斐駒(右)と仙丈岳(左)が見える。

きた10
病人搬送のヘリ。

きた11
北岳山荘での朝食。
(宿泊はテント泊だが朝食は利用)

きた12
タカネマンテマ。
南アルプスの一部でしか見られない。

きた13
ハクサンフウロ。

きた14
トリカブトとベニヒカゲ(蝶)。

きた15
臨時診療所。