普段のズボン(その2) 自販機の話
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
自販機ルーレット
この頃あまり見かけないように思うが
自販機でルーレット式の「当り」が出るタイプがあった。

「ピピピピ…」と音と光の点滅が動いて
ルーレットが回り
何十分の1か、何百分の1かの確率で当たるのだろう。

いつも「ホントに当りが出るんかいな」と
疑っていたが…


出た。

例によって重いカバンを抱えて営業活動のため、
「飛び込み」や「アポ有り」の会社回りで
東京中を動き回っていた頃の事(今から見れば随分前)だった。

ちょっとひと休み時に自販機で希望ドリンクを出した後、
ルーレットが回り出した。
ピピピピピピ、ピ、ピ…、ピ…、ピ……、ピ……、『ピ』と
なんと「当」マークの所で止まった。
そうすると全部の選択ボタンが再点灯する。
つまりどれでも好きなものがまた出せる。
(当時は金額がどのドリンクも一律だった気がする)

え?
うれしいんだけど、
本来うれしいんだろうけど、困った。

自宅や会社の近所での出来事なら問題無いが、
出先での出来事だから、後から出したもう1本をどうする?
選択肢はふたつ。
「もう1本を飲みたくなるまで営業中持ち歩く」
「この場で2本飲んでしまう」
(厳密に言えば「再点灯の状態のまま、放置して立ち去る」
というのもあるだろうがそんな事出来ませんって、フツー)

ワタシはやむを得ず「2本飲み」を選択。
1グラムでもムダに荷物が重いのはイヤなのだ。

おかげで胃がガボガボ状態。
歩き出すと胃の中でさざ波が立った(気がした)。
夜の簿記学校にて
30歳前後の一時期、会社の仕事が終わってから
簿記学校に通っていたことがある。
今からみれば大昔の事、1980年前後か。

生徒は学生や会社員などで、年齢も幅があった。
夜に勉強に通うのであるから
それぞれ苦労している感じがそれなりにあったように思う。

生い立ちも、社会経験もバラバラな人たちが
ひとつの教室に入って簿記の授業を受ける。
生徒同士がすぐに親しくなる訳ではない。
おずおず様子を探りながら声を掛けるという塩梅だった。

簿記1級の検定試験を目指していた。
「商業簿記」「会計学」「工業簿記」「原価計算」の4科目。
授業中イネムリをしそうになる事も往々にある。
イイワケだが、昼の仕事の後なのでやむを得ない事でもある。
だがせっかく授業料と時間を消費しているのに
大事な講義を聞き逃してしまってはもったいない。
そこで「授業中の飲み物OK」という決まりになっていた。
たいていの人がコーヒーを飲んでいた。

教室の外の廊下にコーヒーの自販機があった。
紙コップが自動的にセットされて
コーヒーが自動的に注がれるあのタイプだ。

その日、授業開始スレスレ気味に学校に到着したワタシは
いつものように急いでコーヒーを買った。
お金を入れ、「砂糖なし」「クリーム多め」を選び待った。

「???」
なんかいつもと違う。
ジョロジョロジョロと流れる音がしない。
見ると、「あっ!」
機械のミスで紙コップが斜めにセットされてしまっているではないか。、
上から流れ出たコーヒーが
紙コップの外側を伝って下に流れ落ちている。
絶望的気分ですばやく手を差し入れ
コップを正しい姿勢にセットし直したが
ほどなく1回分のコーヒーの滴りは終了した。
救えたコーヒーの量はいつもの1/5くらいだった。

そこで先生が来たのでタイムアップ。
ちょっとしかコーヒーの入っていない
情け無い紙コップを持って教室に入った。
授業中ずっと釈然としない思いを抱えていた。

休み時間になって、新たにコーヒーを買った。
今度は問題無く成功だった。
誰かに話したくてやっと少し親しくなったヤツに話した。

そいつはそいつの体験談を聞かせてくれた。
この学校の自販機ではないけど、
同じような自販機でコーヒーを買った時の事だそうだ。

紙コップが斜めに出るなら「まだいい」そうだ。
「オレん時は紙コップは出なかった。
だけどコーヒーは出た。
だからコーヒーは勢いよくすぐ下の穴に流れ落ちた。
オレは何も出来ずただそれを見ていただけだった」
それからひと呼吸置いて言った。
「あれは自販機ではなく、誰かの貯金箱だ」
真夏の自販機
現役時代、営業で東京中を動き回っていた。
電車で春夏秋冬、一年中。
暑くもなく寒くもなく、外歩きが快適なんて季節は
当然そう多くはない。
北風がびゅーびゅー吹いて震え上がる日もあれば、
じっとしていても汗が吹き出る炎暑の日もあった。

その日も太陽が朝から照りつけ、気温がぐんぐん上昇した。
ダメージを減らすべく、少ない日陰を縫うようにして歩き続けた。
アスファルト道路が灼けている。
頭がボォ~として思考力が鈍った。

ある小さい横断歩道で青信号になるのを待って
立ち止まっていたがなかなか青にならない。
「?」
ふと我に返って辺りを良く見回したら
そもそも信号機が無かった。
「うわっちゃ。カッコ悪う」

イカンイカン、とにかく喉も乾いたので、
自販機でなにか冷たいものを飲んでしゃっきりさせよう。
近くの自販機の前に立つ。
「何にしようか。とにかく冷たいもの。
それからシャキッとしたいからカフェイン系。
ま、つまりコーヒーか」
急いで缶コーヒーのボタンを押す。
ガタンと音がして、コーヒー缶が出て来る。
持ち上げようとして触った途端
「うわっちぃ(熱い)」
「えぇ??? そ、そんな。<ホット>かよ。
このクソ暑い真夏日に!」

そりゃ表示ボタンを良く見なかった客が
悪いって言われりゃそれまでだが…、
この酷暑日に<温>と<冷>のふたつがあるなんて。

この炎天下にまさかそんな熱いのを飲めるわけはなく、
改めて冷たいのを出し直して冷たいのを飲む。

さてひと休みしてまた移動するのだが
最初の熱いコーヒー缶をどうするか。
それでなくても重い営業カバンを持っているので
そんなもの持ち歩きたくない。
結局そこに置き去りにするしか選択肢がなかった。

その夜、営業の同僚たちが集る安居酒屋で
その出来事を話した。
サラリーマン生活にはそういう失敗談が付き物だから
われもわれもと話題が尽きず、
ひとしきり失敗話の花が咲いたっけ。



(※前回の自販機話は1月23日
塞翁が馬
だいぶ前の事だが
営業マンとして街中を動き回っていた頃、
自動販売機で飲み物を買おうと思って
小銭入れを開けたら、10円玉がジャラジャラあった。
数えたらちょうど10枚。
当時1缶100円時代だった。
これで軽くなる。
1枚ずつコイン投入口に入れ始めたが
途中手元が狂い10円玉を1枚落としてしまった。
拍子の悪い事にコロコロ転がって自販機の下に入ってしまった。
「ウワッチャ!」

ちょっと覗いたくらいでは分からない。
本格的に這いつくばらないとダメだろう。
人通りもそれなりにあり、
スーツ姿でもありあきらめようかとも思ったが
1枚足りないと10円玉が整理されて軽くならないので迷った。

意を決して腕立て伏せの格好になって
自販機の下を覗き込む。
転がった10円玉がだいぶ奥の方にあったが手が届かない。
辺りに有った棒っきれで掻き出そうと差し入れる。
何回か棒を動かしていると、その近くに誰かが落とした100円玉も発見。
結局10円玉と100円玉各1個を引っぱり出した。

中国の古典に曰く
「人間万事塞翁が馬」
「禍福はあざなえる縄のごとし」