普段のズボン(その2) 銭湯の話
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
ジェット気泡
近頃の銭湯にはたいてい気泡が出る湯船がある。
気泡がサイドから噴き出るものや、底から噴き出るもの、
また<底からタイプ>も底全面から平均的に出たり、
1ヵ所から集中的に出たり、
またあるいは座風呂といって深目な浴槽に座って背中、
ふくらはぎ、足裏にジェット気泡が当たるタイプなど、
…とにかくいろいろだ。

ワタシがいつも行く銭湯のメインの湯船は、
底面の真ん中1ヵ所からボッコンボコボコ噴き出て来るタイプ。
母に言わせると、体重30kg台の母はその水流に抗しきれず
流されてしまうから湯船の縁に必死に掴まっているとの事。

ある日いつものように銭湯に行ったらかなり空いていた。
洗い場に入ると、湯船にひとり、そのすぐ近くのカランにひとり、
さらに遠くにひとりとガラ空き状態。

さて湯船に入ろうとすると、
ん? なんか変。
湯船に入っているおじさんがなんか変だ。
湯船の角に両肘を掛けて体重を預けている。
湯船の隅の直角に対して身体は対角線に伸びている。
下半身は湯船の中心部の「強力ボコボコ噴水流」に委ねている。
底から勢い良く噴き上げてくる泡に仰向けに乗っているカッコウだ。
顔は無表情。見かけない顔のおじさんだ。

ワタシも少し離れて同じ湯船に入る。
おじさんは子供時代に帰ってふざけているのかも知れない。
おじさん流の<あの日にかえりたい>か。
しかし、噴流の勢いが強いため浮いた身体が
湯船の中心部に少しずつ動かされている。
それにともない、身体をささえる支点が肘から腕、掌、指になって行く。
腕が疲れて横になった身体が徐々に沈んで行くように見える。
態勢が無理になったら一度底に足を着いて
姿勢を直せばいいのに、とワタシは不審に思った。
ところがおじさんは相変わらず無表情である。
ということは別に問題は無いんだろうな。

この状態を楽しんでいるんだろうか?

態勢を支えている腕が限界になっているように見えるのだが。

すぐ近くのカランで洗っているおじさんは
90度違う方向を向いているので全くこの状況に気付かない。

しかし…、
おいおい、仰向けの姿勢で段々顔が沈みつつあるぞ。
もはや目,鼻、口しか水面から出ていない。
いくら何でもこりゃ、変でしょ。
息が出来なくなる寸前だ。

「おじさん、ダイジョブ?」と声を掛け、
横で洗っているおじさんにも「この人溺れそうだよ」と伝える。
その90度方向違いおじさんもすぐに理解して一緒に引き上げる。

とりあえず湯船の外の縁に寄りかかって座らせた。
本人はひと言も発せずきょとんとしている。
脱衣場に連れて行った方がいいと判断し、
ふたりで抱えて移動しタタミ1畳ほどの腰掛けに寝かせる。
番台にいる銭湯の旦那にもその旨を伝える。
(フロント方式なので番台から脱衣場が見えない)

銭湯の旦那が湯当りしたんだなと言って
「しばらく休憩して横になってなよ」。
サウナ用に用意してあるタオルを何枚も裸の身体に掛ける。
本人は相変わらず無表情である。

ま、一応の役目は済んだのでワタシは洗い場に戻る。
一緒に運んでくれたおじさんは面倒見がいい性格らしく
まだ付き添っている。

ワタシは身体を洗いながらも
脱衣場のほうをチラチラ見て気にしていると、
件のおじさんは5分くらい経ったら上半身起き上がった。
さらに数分経つとよろよろ立ち上がった。
まずはオオゴトにはならなかったようで良かった。
帰り支度で服を着始めている。
遠目でよく分からないが相変わらず表情はぼんやりしている。
結局なんだったんだ、あの人は。

そもそも風呂屋で会う人は、
懇意という訳ではないので特に話は交わさない人でも
顔見知りの人がほとんどだが、
あの人は知らない人だ。
だれ?

それから何ヵ月か経ってふと思った。
あれは<ぬらりひょん>ではなかったか。

大掃除とか田植えとか一家総出で朝早くから忙しく立ち働いている時、
囲炉裏の傍や、茶の間でのんびりお茶などすすっている人がいる。
家族の誰もが気付くが、あまりにも自然にいるので誰かの知り合いだと思い
「スイマセンね、バタバタしてまして…」と恐縮する。

夜になりやっと一段落し団欒の時に、
「そう言えば、さっきのあの人はだれだったんだ?」
という話になり、ようやく家族の誰も知らない人だった事が判明する。
それが<妖怪ぬらりひょん>だ。

現代のぬらりひょん先生、
ふと銭湯にでも行ってみようかと思い
お出ましになったんではないか。

ところがセンセイ、ちょっと最近の銭湯事情に疎く、
慣れないジェット気泡水流に
翻弄されちまったんではないだろうか。

あれからこっち、センセイは二度と見かけない。
彫物のひと
正月の2日、銭湯は朝湯だ。
たいていの銭湯では午前中営業する。

通常の銭湯は習慣で大体同じ時間に行くので
見渡すとほとんどいつもの顔ぶれである。
ところが朝湯は
日常から離れて顔ぶれがシャッフルされるので
見回すと多くが見た事ない人たちになる。
高窓から陽光が差し込んで淑気も漂う。
ちょっと新鮮で、いい気分である。

まだ父が生きていた頃、
90歳近い父を連れて銭湯に行っていた。

歩くのが不自由になって来て
手押し車を押していくようになり、
次に車椅子に乗せて行くようになった。
脱衣場と洗い場は手を引いて移動。

その歳になると、時には多少認知症的な
振る舞いもないでは無い。

ある年の朝湯。
スゴい彫物の人が入って来た。
年の頃40歳代か。

下町の銭湯だから普通の彫物の人は
いつでもいるので全く驚かない。
しかし、その人は違った。
ウワサに聞いた事がある通称「どんぶり」というものだ。
(彦六の)正蔵が落語<火事息子>の中で描写する
「手っ首から足っ首まで」という総身彫りだった。
初めて目にしたが迫力満点。
気がついた人が皆息をのんでいるのが分かった。
見て見ぬふりをしている。
どんな人か見当が付かないので様子見だ。
「何を見ていやがる」等とインネンをつけるような人だとまずい。

この人が洗い場から脱衣場に上がっても、
なかなか服を着ないでグズグズしている。

素っ裸のまま、スポーツ新聞を見たり
マッサージ機に掛かったりして寛いでいる。
「あ、そうか」と思った。
たぶんこの人は普段は自宅の風呂に入っているんだろう。
したがってこの自慢の彫物を、家族か
身近の者くらいにしか見せる機会がないんだ。
それじゃやっぱり詰まらないんじゃないだろうか。
そこでこの朝風呂という不特定多数の人に見せる機会を
大いに活用しているのだろう。

ワタシたち父子も洗い終わって
脱衣場の真ん中のタタミ1畳ほどの腰掛けに掛けた。
父が自分の横をフト見てそこにあったバスタオルを
何気なくつまんで床に投げた。
「あ」
ワタシは瞬時に事態を理解した。
そのタオルは横に座っているあのどんぶりの人のだ。
<まずい>
ワタシがすばやく「スイマセン」と言って
拾い上げて元に戻した。

その人はムッとした表情で父のほうを見た。
そこにいたのはヨボヨボのおじいさん(つまり父の事)だった。
何しろ風上に向っては歩けないくらいの、
ヨット型の老人力を持った人だったのでどうにもならなかった。
下手に触って転んだら、
傷害罪にも殺人罪にもなってしまうような危ない存在なのだ。
そんな老人を張り倒しても、
なんの勲章にもならないのは明らかだった。

したがってなにも起きなかった。
ワタシたち父子が先に帰ろうとした時に
その人がワタシに声を掛けた。
「気を付けて帰んなよ。大事にしてやれ」

洗い場にいた時、ワタシは見ていた。
その人が使っていたシャンプーの銘柄は
<植物物語>。
いかにも軟弱なネーミング。
もうちょっとこういう、男を売り物にしている
人たち御用達の商品名は無いものか。

たとえば、
シャンプー<御意見無用>、
シャンプー<侠気(おとこぎ)>、
または<刺し違い>、<勇み肌>、
あるいは簡単に<漢(おとこ)>で、どでがんす。