普段のズボン(その2) 2008年11月
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
イチゴの葉にいた幼虫
いちごの幼虫

ネット上の幼虫図鑑を見るも名前分からず。
蛾の仲間には間違いないと思うが。
窓手すり3匹猫
窓3匹

見ていたら、かたわらの木を伝って登った。
アンドリュー・ワイエス展を見に行く
ワイエス

先日、ワイエス展(渋谷Bunkamura)に行った。

1917年生まれだから現在91歳。まだ描いているようだ。
子供時代は病弱で学校に行かず家庭教師のお世話になったそうだが、元気で長生きだ。

世界中の無数の“絵を描く人”の中で、独特な位置を占めている人。
芸術家と言うにはイラストレーション的だし、とは言ってもクライアントの注文を受けて描いている訳でもない(多少そういう事もあるのかな)。

アメリカの北東の田舎に住み、アーリーアメリカン的な風景、静かな生活、近所の人たち、身近なことどもを生まじめに、しかし洗練された達者さで描き続けている。
自分の描きたいものを描いていれば、それが適度な収入になり今日に至る。幸せな画家と呼べる。
ダイナミックなアメリカではなく、古き良き時代に繋がるピューリタン的(ワタシが勝手に感じているだけか)なアメリカっぽさ。
アメリカの絵画教育が生んだ頂点のひとりと言えるのか。

テクニックは、昔のノーマン・ロックウェル(またその師匠筋のジョゼフ・クリスチャン・ライエンデッカー)やベン・シャーン、ボブ・ピークさえも彷彿とさせるし、その憂愁や静寂はエドワード・ホッパーも浮かんで来る。
全体のたたずまいは、どこか(東京都美術館で展覧会中、天下の)フェルメールにも通じているように感じられる。

イラストレーション的でありながら、通俗にならない所で踏みとどまっている。同時に、独りよがりにならず、それを見る多くの人を清涼感で充たす“ほどの良さ”を持つ。
脂(ヤニ)っぽい油絵でなく、その多くが紙に水彩(あるいはテンペラ)だからこその淡白な良さがあふれている。

上野の大きな美術館で、大宣伝・大混雑で展覧するより、今回くらいの方がじっくり観られて歓迎。
漂 う
また会ったね
また会ったね

(※この犬の前回記事は10月8日)
ブドウの葉に
ブドウの幼虫
ネットで調べるとコスズメという蛾の幼虫(3齢幼虫)らしい。

一角獣のよう
一角獣のようなツノが印象的。
キーボードの文字消え
数年使っているiBook。

キーボード

キーボードのアルファベットが消えて来ている。
よく使う「E」「U」「I」「O」「A」「N」が完全に消え、
「R」「T」「S」「D」「K」も消えかかっている。
あらためて感じさせられる、日本語は母音多用の言葉だ。

細めの油性フェルトペンで書いてみた事もあったが
そんなものはすぐ消える。全然ダメ。

毎日使っているのに、見ないでは入力出来ずミスタッチの情け無さ。
特に3つ並んでいる「U」「I」「O」をよく間違える。
新品同様な「Q」が清々しい。
今季のダイコン収穫
だいこ1上3本は9月1日にタネを蒔いたので65日目。
一番下のダイコンは9月8日に蒔いたものなので58日目。
(※赤いのはニンジンではなく30cmの定規)

2本目、3本目が小さいのは
発泡スチロールの箱を使ったので
土の深さが充分に取れなかった事と
2本一緒に栽培するには充分な面積でなかったからだ。

全体としてまずまず満足な結果。

去年の失敗(※2007年11月2日の記事)を参考に
直播きしたのが良く、
すんなりした格好になった。


だいこ2一番大きいのは、地肌が裂けて来始めている。
もう少し早く収穫した方が良かったようだ。