普段のズボン(その2) 2009年08月
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
キバナ(黄花)コスモス
秋を告げる花。
きばなこすもす



今日は台風11号が近付いて、時折強く降る。
午後から夜に掛けてさらに風雨が強まりそうだ。
オクラ
今日は衆議院議員選挙。
オクラは投票所の小学校の菜園にあった。

おくら

事前の予想通り、多くの人が投票所に来ていた。
ただし、雨が降ったりやんだり。
夏のイチョウ
2年目のイチョウ鉢植え。
堂々たる本物の葉になった。
秋の黄葉も待たれる。

いちょう



(※前回記事は5月29日
物陰のセンリョウ(千両)
夏になってますます元気で成長。
色艶もいい。

せんりょう


(※前回記事は6月29日
思いっきり伸びると5cm近く
昨日の続き。

ナミアゲハ幼虫が盛んに葉を食べる。
遠くの部分を食べる時はぐんと身体を伸ばす。
大きいもんだ。

伸びる幼虫
擬態?
これはまたナミアゲハの幼虫。
(この木はオレンジの木)

アオスジアゲハの幼虫は先日いなくなったので、
またナミアゲハ幼虫に注目。
(今、いろいろな段階のナミアゲハ幼虫がたくさんいる)

このままの態勢で動かない。
保護色は当然だが、これは枝に擬態しているのか。

なみあげは
幸田露伴「突貫紀行」
露伴(1867~1947)の作品は、今や現代人にとっては文章が難しくて、かなり忘れられつつある運命のようだ。知られているのはせいぜい「五重塔」の題名くらいだろうか。
時代の流れの中では文豪と言われた人でも歴史に埋もれそうなのは致し方ない。
娘の幸田文(1904~1990)さんの関連文章が無かったら完全に忘れられていたかもしれない。ワタシも文さんの想い出エッセイ「父-その死-」「こんなこと」などから露伴を知ったクチである。

それにしても幸田文、幸田玉、幸田奈緒の女系文筆三代(露伴から数えると文筆四代)はお見事。


* * *

露伴は江戸城表御坊主衆の家系。有職故実や漢籍などの知識をはじめ古今東西の博覧強記。
青年時、小樽に役所の電信技師として赴任したが、坪内逍遥の「小説神髄」や「当世書生気質」などから刺激され、辺境でくすぶる焦燥が押さえ切れなくなりとうとうプッツンした。

“とにかく東京へ戻ろう!”

露伴20歳の時である。
当時まだ鉄道は東京から福島県郡山までしか通じていない。したがって小樽から郡山までは徒歩である。
その時、屋外で露と伴に寝たこともあったことから「露伴」という筆名が出来たらしい。
(結局、職場放棄で免官になった)
その時の事を記したのが「突貫紀行」である。


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『突貫紀行』

<冒頭部分>
 身には疾(やまい)あり、胸には愁(うれい)あり、悪因縁(あくいんねん)は逐(お)えども去らず、未来に楽しき到着点(とうちゃくてん)の認めらるるなく、目前に痛き刺激物(しげきぶつ)あり、慾(よく)あれども銭なく、望みあれども縁(えん)遠し、よし突貫してこの逆境を出(い)でむと決したり。五六枚の衣を売り、一行李(こうり)の書を典し、我を愛する人二三にのみ別(わかれ)をつげて忽然(こつぜん)出発す。時まさに明治二十年八月二十五日午前九時なり。

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余談。
露伴が隅田川東岸の東京府下南葛飾郡寺島村(現在の東京都墨田区東向島)に住んでいた時の事、
府立七中(現在の都立墨田川高校)にまだ校歌がなく、
たまたま近くに住んでいた露伴が詞を書く事になった。
四つの詞を出来た順に、娘の文さん(当時20歳頃?)が校長室に届けたとの事。
一番から四番までの順番は学校に任せるとの事だったらしい。


露伴公園
この写真は寺島村時代三番目の住居地(東向島1丁目)の跡地にある小さな公園“露伴児童遊園”。
寺島村時代二番目の住居地にあった建物は明治村に保存されている。
この後(1925)小石川に引越す。
ニンジン(三寸人参)の現在
7月5日に種蒔きしたニンジン。

にんじん

毎年栽培している。
同じタネ袋のタネが、使い切らないので
古くなり発芽率が落ちている。

最初の時は9割以上くらい発芽したのに、
今年は1割切ったような感じだ。
アオスジアゲハ幼虫が最後の脱皮
昨日の様子。
最後の脱皮をして終齢幼虫になった。
例によって脱いだ皮は食べている。

脱皮

次の段階はサナギになって、その次は成蝶になる
…筈だったのだが、
今朝見たらいない!

また天敵にやられたか。


(※前回記事は8月11日
街 で
昨日はまた久し振りに所用で都心に出た。
暑い。

ホース

営業の人が大汗をかきながら
重そうなカバンを抱えて歩いて行く。
何年か前までの自分の姿である。

…申し訳ないが、今は心も軽く身も軽い。
“ちい散歩”状態です。
竹と蔵
地盤を強くするからか、
蔵のそばには竹が多く植わっている事が多い。

竹と蔵
なんですか猫
猫には猫の都合。

猫
インゲン終了
本日インゲンを終了した。
葉がポロポロ落ち、完全燃焼しての終了だった。
種蒔きが5月11日だったから約100日間の栽培だった。

インゲンの根引っこ抜くと根張りがしっかり。コンテナいっぱいに広がっていた。

インゲン根のアップ茎と根の部分アップ。


来年用のタネも確保したので、また来年のお楽しみ。



(※前回のインゲン記事は8月16日)
オレンジジュース
1993年から1994年にかけて、
ヨットで最年少単独無寄港世界一周をした白石康次郎(1967~)の言葉。
(当時26歳、日数176日)

「オレンジジュースは二度おいしい。
飲む時と吐く時です」



ーーー
<余談>
白石が“ヨットと人生の師”と仰ぐ多田雄幸(1930-1991)。
多田は個人タクシーで稼ぎ、
あとはヨットと音楽と酒を愛する男だった。
38歳でヨットを始め、
53歳の時、手作りヨットで世界一周レースを優勝。
その時のTV番組と本「オケラ五世優勝す」で、
多田の事を知った水産高校生の白石は、
東京駅の電話帳を見て多田の家に
いきなり電話して弟子になったと事。
酒を持参したのが気に入られたらしい。

多田の志を継いだ白石のヨットの名は「スピリット・オブ・ユーコー」

ヨット
真夏のパイナップル
前回6月4日と比べるとずいぶん大きく成長した。
夏の太陽を浴びて更に大きくなれ。

順調に行けば再来年にはパイナップルが出来る筈なんだけど…。

パイン

(決してオモトではありません)
インゲン終盤
葉が枯れ始めた。
サヤはたくさん出来ているのに大きくならなくなった。

樹勢が終盤になって、
最後のヒトハナとばかりに花がたくさん咲き、
小さなサヤが「これでもか」とばかりにたくさん出来た。

ところが正常なインゲンの形に成長しない。
形状も、サイズも。
サヤの数が多過ぎて養分が行き渡らないのだろう。
大きくなってもイビツな形(写真左側)。

そこでたくさん成っている小さいサヤを採取して
これを食べてみようと思った。
トウモロコシの小さいのも、
「ヤングコーン(ベビーコーン)」として食べているのだから
これもいけるのではないか(写真右側)。

インゲン終盤


(※前回関連記事は7月31日)
ナミアゲハ孵化
8月11日に産卵されたナミアゲハが孵化。
全長2mmくらい。

出て来たばかりの卵の殻を食べている。

孵化


前回記事はこちら
スカイツリー遠望
建設中の東京スカイツリーが、
少しずつ高く伸びて来たので、
わが家の屋根からも見え始めた。
(ベランダからは近隣の家に遮られてまだ見えない)

写真下部にタワークレーンが見える。
スカイツリー遠望

現在105mだそうだ。
地震3連発
このところ3回大きめの地震が続いた。

●8月9日/19:56頃、東京23区の震度4。震源は東海道南方沖、マグニチュード6.9。
●8月11日/朝5:07頃、東京23区の震度4(体感は3くらいか)。震源は駿河湾、マグニチュード6.5。
●そして今日(8月13日)/朝7:49頃、東京23区の体感は震度2くらいか。震源は八丈島東方沖、マグニチュード6.6。

ちょいと気になります。
またナミアゲハの卵を発見
昨日産みつけられたものだろう。
今春実生から芽を出した甘夏の葉に。

直径1mm。真球に見える。
淡黄色。

ナミアゲハ卵
アオスジアゲハ幼虫(中齢)
孵化から8日目。
頭部の角は3対。
全長およそ1cm。

ゆるキャラである。

アオスジアゲハ中齢


(※前回記事はこちら
真っ黒な雲
昨夕、西の空が真っ暗になった。
道の正面が異様なほど黒い。
てっきりこちらもすぐに大雨になるだろうと思ったが
この時は当地は降らなかった。
(後のニュースで北区方面が大雨で浸水騒ぎ)
黒雲


その後の19:56頃、東京23区震度4の大きな地震。
初期微動から本震までの時間がある程度有ったので
震源地は近くないと思えたが
(いわゆる直下型ではない)
やはりかなり怖かった。

今朝、新聞で震源地を見ると
東海道南方沖数百km。
岩手県まで震度3とその揺れは広範囲。
マグニチュード6.9。
仮設軌道
高架化工事のために
まず仮設軌道を敷設中。

仮設軌道
孵化4日目のアオスジアゲハ幼虫
後ろ姿、長さ7~8mm。

幼虫アオスジアゲハ


(※前回記事は7月31日)
明治通りと京成線の交差
この踏切、まだ平面交差だが
着々と立体化工事が進行中。

まず下り線を一旦臨時軌道に移すべく
仮軌道を敷設中。

踏切
伝説のコンサート
<須田鷹雄(競馬ライター)さんのPodcast話よりその要旨>
埋もれるのはもったいないイイ話なので記します。


ーーー

中央競馬でレース後のファンサービスでミニコンサートをやっている。
平成3年の有馬記念の日の中山競馬場特設会場。
御大の植木等を呼んで行なわれた。

(酔ったオヤジか、競馬に負けたオヤジか知らないが)
鬱屈したものを吐き出すように、
ステージに大きい声でヤジを飛ばすオヤジがいた。
百戦錬磨の植木等がうまく捌くのがさすがだった。
はからずも“特別ゲスト”とのトークショー的様相だった。
オヤジは少し経つと警備員に羽交い締めされて退場した。

最後の曲はいよいよ大ヒット曲の「スーダラ節」。

その2番の歌詞は…、
♪狙った大穴見事に外れ、頭カッと来て最終レース
気がつきゃボーナスぁ、スッカラカンのカンラカラ
馬で金儲けしたヤツぁ ねえよ
分かっちゃいるけどやめられねぇ
あホレ スイスイ スーダララッタ スラスラスイスイス-イ
スーラスィダララッタ スラスラスイスイスーイ
………

結局、場内大合唱で大盛り上がりだった。

ーーー
アシナガバチが蛾の幼虫を仕留めた
ブドウの茂みで何かが動いていたので見たら、
アシナガバチが蛾の幼虫を仕留めていた。

幼虫の抵抗も虚しかった。
良いとか悪いとかの問題でなく、自然の営み。
身近な博物誌を見た。

蜂が幼虫を
嗅ぐ猫
嗅ぐ猫


猫で思い出したが
昨夜窓を開けて寝ていたら
枕元でガサっと音がしたので目を覚ました。
なんとどこかの猫がいた。

「あっ!」と声を出したら
向うも驚いて脱兎の如く消えた。
暗くてはっきりしないが
白っぽい(薄茶?)色だった。
大きいスイカ
昨日近所のスーパーで見たスイカ…、
大きい! というより巨大。
1個3,000円の値札。
4~5個あった。

扱い易いように荒縄で縛り
手提げ用のループも作ってある。
新疆ウイグル自治区などにありそうな細長タイプ。

写真を撮ろうと思ったが、
横にいたおじさんが「大きいねえ、20kgはあるんじゃない?
持てないねえ」と話しかけて来たので
片手で手提げ部分を持ってみたがとても持ち上がらない。
そうこうしている内に、
写真の事はすっかり忘れてしまった(失敗した)。

もちろんワタシは買わない。
触っただけ。
いったい誰が買うんだ?



(※追記/今日改めて写真を撮って来た。
明日付けで、「こちら」に載せる)
今日の収穫