普段のズボン(その2) 2010年11月
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
11月末
ランチ風雲録(9) 寿司好き 
寿司は好きである。
ただし普通の会社員だったので高級寿司店には縁がない。
(一度だけ有名店に入ったが、金額の予想が甘くて危ないとこだった事がある)
テレビや雑誌などで高級店のおいしそうな寿司を見ると、
もちろん「う~ん、食べたいものだ」とは思うけれど
すぐにあきらめるクセが付いている。

肩が凝らずに気楽に寿司を楽しめるという事では<回転寿司>はありがたい。
あのシステムでどんなに“寿司好き”が救われたか計り知れない。
その後どんどん進歩して回転寿司はとんでもなく隆盛のようだ。

もうひとつ、普通の寿司屋さんでも<にぎり1.5人前>という
システムを最初に考えたのはどこか知らないけれど、
隠れたヒットではありませんか。
夜に酒を呑みながら寿司をつまむという時は
そんな無粋なものは不要でしょうが、
男がランチとして寿司を食べたいという時には
ぴったりなんです。
1人前では物足りませんからね。
店員さんが「点五いっちょう」などと略して言ってますね。

もちろんワタシも<1.5>の大ファンです。
満足度が高いです。

寿司の食べ方のウンチクを言い出すと
人それぞれに流儀があるだろう。
ワタシなりの食べ方は…、
いや止めておこう、それはまた別の機会があれば。

さて<1.5>を注文して食べる。
職人は見ていないようでもさりげなく見ている。
<このお客さんはどんな食べ方をするか>

ワタシは食べ始め、途中、終盤とそのどの時点を取っても、
絵画のように色のバランスが取れているようにしている。
飯台の上は一種のカンバスだ。
特に色が偏るのは嫌だ。
邪道と言われようが味より色を優先する。
たとえば最後の三カンが
「イカ」「貝柱」「白身」だなんて
寒々しくて耐えられない。

食べ残しはもちろん無し。
ご飯粒ひとつ残さない。
ガリと小皿の醤油はほんの少しだけ残す。
小皿の醤油をたっぷり残す人がいるが許せない。
また舐めたようにキレイ過ぎる小皿もどうかと思う。

ん? ワッチャ~、個人的能書き書いちゃってる。
(各人の流儀があるから書かないと言ったばかりなのに)
これも寿司の魔力かな。

さて食べ終わった。
ワタシは注文以外ひと言もしゃべらなかったが、
食べ終わって店を出る時、職人の気配を感じる。
<あのお客はなかなか出来るな>

いや、実はこう思っているかも知んない。
<面倒くせぇ客だ>

レジをする小僧さんに
「とてもおいしかったですよ」と言って仕上げる。
小僧さんから職人に伝わると職人は…、
直接言われるより間接に伝わった方が
うれしい筈なんだけどなぁ。

結局「めんどくせぇ客だ」
ついばまれた柿
鳥も、これからの季節辛いだろう。

柿
ランチ風雲録(8) コダワリ
都内某所。

以前からそのラーメン屋の前を何回も通った事がある。
いつも行列が出来ているのを横目で見ていた。
「定休日とスープの出来が悪い日は休みます」と貼紙がしてある。
いわゆるコダワリの店のようだ。

ワタシは行列してまでラーメンを食べるのは、
イヤなのでその店に入った事がなかった。
ただしそんなに行列しているという事は、
相当おいしいんだろうなとは思っていた。
だから行列が無いか、あるいは少ない時に、
タイミングが合えば入ってみようとも思っていた。

ある日、通り掛ったら行列が極めて少なかった。
「ヨシッ、今日は仕事の時間にも余裕があるからチャンスだ」

店内に入ってもまだ行列は店内で継続する。
食べている人たちの後ろで壁に沿って待つ。
誰かが食べ終わって席を立つと次の人が座れる。
ワタシも店内の行列で、立って待った。
店内順位は5番目だった。

待っている間に様子を探る。
席はカウンターのみ。
回りを見回すといろいろコダワリが書いてある。
汁はさっぱり系かこってり系を選ぶ。
麺は太麺か細麺を選ぶ。
追加トッピングの具は煮卵、チャーシュー、もやし、バターなどを選ぶ。
なんだか面倒なシステムのようだ。
頭の中で注文を予習する。
カウンターの中はオヤジとおばさんのふたり。
オヤジは定年を前に脱サラして、
コダワリ店で数年修行して独立を許されたという感じ。
おばさんはオヤジの奥さんかも知れない。
オヤジはお約束のように頭にバンダナを巻いている。

そうこうしている内に、
5人がバタバタとほぼ一斉に食べ終わったので
待っていた5人が一斉にカウンターに座った。
当然ワタシもその中のひとりだ。
オヤジが前の人たちのドンブリを片付けながら
順番に注文を聞く。

だけど一度に5人で、
しかもひとり一人が「さっぱり」で「細麺」で「煮卵とチャーシュー」とか
「こってり」で「太麺」で「バター」とか
覚えられる訳無いので注文を躊躇していると、
オヤジは『なめんなよ、オレを誰だと思ってやがんだ?』
という雰囲気をガンガン漂わしている。
そうか、じゃ遠慮なく行くよとばかり5人全員が注文した。
オヤジが作り始めた。
「ダイジョブかいな」と懸念しつつ見ていると
案の定、オヤジが表情を崩さないまま、
「注文なんだったけ?」ともう一度聞き始めた。
5人揃って『オヤジぃ』と心の中で突っ込みを入れた。
“見ず知らずの5人”の連帯感よ!

『こりゃ出来上がるまでケッコウ時間掛かるぞ』と察知して、
ワタシはカバンから文庫本を出して読み始めた。

やっと出来上がってそれぞれの前に注文のラーメンが置かれた。
ワタシの前にラーメンを置く時、
オヤジがワタシの本に気付いて「本を読まないで」と注意した。
え? 何?

待っている間だから時間つぶしに読んでいただけではないか。
それも時間が掛かりそうな気配で、案の定掛かったではないか。
食べながら読んだら確かに気を悪くするかも知れんが、そうではないぞ。
待っている人もいるから、素早く食べるなんてのは心得ているわい。

つまりこうですか、
出来上がるのを畏まって待ち、
調理過程を凝視して、
出来上がったら“ありがたく食べさせて戴く”のが
コダワリ店と客のあるべき関係なんですか?

ムッとした。
<時と場合>だろう。
高級レストランなどでは反則でも、
ここは町場(マチバ)のラーメン屋ではないか。
あんたにとっては命を懸けているのかも知れんが、
客にとってはただの食事だ。
気楽に食べさせろ。

行列の出来るいわゆる有名ラーメン店というものに、
ワタシはほとんど知識がないので分からないんだけど、
「何だかなぁ~」の阿藤カイのセリフが感想だ。
プレ・オープン
近隣で話題だったイトーヨーカドー(新)曳舟店。
グランドオープンは2010年11月27日(土)だが、
プレオープンとして
昨日(11月25日)午後1時から開店した。
近隣のみにチラシを撒いたらしく、
クルマでの来店は少ないようだが
自転車での来店車数はスゴかった。

ぷれおーぷん1

昨日13:40頃ちょっとだけ覗いてみた。
混雑しているので1Fと地下1階しか行かず。
いわゆるスーパーマーケットのメインとしての
食品売り場は地下1階。
1Fのフードコートはそこそこ大きい。
さすがに大混雑だが、建物の容積が大きいので
満員電車のようなどうにも動けない状態ではない。

初期の盛況の時期はともかく、
平常営業に移行してから
これだけの大店舗を維持するには
大変な苦労がありそうだ。

周辺地域にそれだけの需要が見込めるのか。
従来からある中小スーパーも必死で対抗するだろう。
潰し合いの様相ではある。

ぷれおーぷん2

ただし昨日ちょこっと覗いた印象では
従来のいわゆる単なるスーパーとは違い、
総合商業施設なので良くも悪くも
地元に与えるインパクトが大きそうだ。

あるいは棲み分けの可能性が無くはない。
たとえばこんな風に。
対象顧客の年齢層を、新店は
マンション等の人口増を見込んで若く設定している。
地元に長く住んでいる高齢者は従来通りの中小スーパーを利用。

電飾


(※前回記事/2010年11月1日
今朝の月
朝6時ころ、薄明の西空に明るく輝いていた。
右下が欠け始めている。

月
「乗り鉄」の元祖、内田百ケン(門構えの中に月)
<特別阿房列車>
阿房はアホウと読む。
1950年10月の紀行文。

「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪に行つて来ようと思ふ」
12:30東京発、20:30大阪着の特急「はと」。
当時のダイヤで8時間掛かったんですね。

ヒャッケン先生はいろいろ能書きの多い人である。
目的を持たず、ただ純粋に汽車に乗って
どこかに行くというその行為そのものを楽しむために
汽車に乗ろうと考えた。
行き先はどこが良いか。近過ぎては呆気ないし、
遠過ぎてはいろいろ大げさになる。
大阪くらいがちょうど良かろう。
往路は目的がないのだから、
汽車旅をより一層楽しむために一等車に乗る。
帰路は家に帰るという目的があるから三等車で充分。
汽車賃は借金をする。
のんきな事のための借金だから人は貸してくれる。
これが「のっぴきならない“貧”のための借金」だと、
貸した金が戻って来ない恐れがあるので貸してくれない。
借金はいずれ返さなければならないという憂いはあるが、
汽車に乗るという嬉しさの方が勝る。

ヒャッケン先生は当時それなりの名士である。
かの文豪漱石先生の弟子で文筆方面でも仕事をしているし、
学校の先生でもあり、実業方面でも役職を持っていた(日本郵船嘱託)。
それでいて清貧の人でもあったようだ。
黒澤明の映画<まあだだよ>の主人公でもある。

お供に<ヒマラヤ山系>というあだ名の若い人を連れて行く。
(本名は平山さんというのだが、
ヒラヤマをヒマラヤとアナグラムした)
関係は文学上のお弟子さんと言う事なんでしょう。
仕事は国鉄職員であり、こういう旅には大変都合のいい人だ。
職員としてはヒラか、役職があっても低い方だろう。
人柄はなんだかはっきりしない人。
意志があるのか無いのか分からない。

ヒャッケン先生を師としてヨイショする訳もでなく、
そうかと言ってイヤイヤ付いて来る訳でもない。
口数少なく、黙々と従って来るタイプ。
服装にまったく無頓着。
泥棒顔と言うのでヒゲが濃いようだ。
提げて来たボストンバッグのヒモが今にも切れそうで、
しかも汚いのでヒャッケン先生も驚く。
靴はかぼちゃを踏みつぶしたよう。
もっともヒャッケン先生の靴も大きなツギがあたっている。

事前に切符を買わない。
買ってあらかじめ準備をしたら、束縛が生じる。
「その日に出発しなければならない」という
強迫観念で自由な気分がなくなってしまう。

いよいよ当日、住まいのある市ケ谷駅から省線で東京駅に向う。
ところが案の定、東京駅で切符を買おうとしたら
もう売り切れていた。
そういう事態の時は、日を改めるというのが心づもりだったが
いざそういう事態になったら、是が非でも行きたい気分になった。
ヒャッケン先生は駅長室に向かった。
駅長はいなくて助役らしい人が応対してくれた。
国鉄職員の“山系”君の存在が功を奏したのか、
はたまたヒャッケン先生の知名度が効いたのか
切符が手に入る事になった。

ここらへん、どうなのか。
普通の一般人が駅長室に掛け合っても無理でしょう?
無理だと思わないのは世間知らずなのか、
それともただのワガママなのか。
よく分からないけれど、ちょっと引っ掛かる。

さてホームに行って、乗る前に先頭からお尻まで列車を
ひと通り見るのを流儀にしている。
三等室と荷物室の半分ずつの車両が「ハニ」などと観察する。
展望車や食堂車も付いている。
東京駅発は電気機関車が牽引するが、
途中浜松で蒸気機関車C62に交換する。
(東海道本線がまだ全線電化されていなかった)
などと鉄ちゃん元祖のヒャッケン先生らしさを垣間見せる。


「良き時代」の「良き汽車旅」…、そそられるもんですな。


― ― ― ― ―

※ヒャッケンのケン(門構えの中に月)の字は機種依存文字で、Win機とMac機で共通せず。文字そのものはあるけれども、Win機で書けばMac機で文字化けし、Mac機で書けばWin機で文字化け。どうにもならないのでカタカナで表記せざるを得ず。
距離感猫
あまり近寄らず。

公園猫
三角池の現在
しばらくぶりに三角池跡地を見下ろす所に行って来た。

左側の京成線の高架工事が佳境に入っていて
いろいろな事が行なわれている。
充分なスペースの無い所での工事なので
複雑な段取と手際が要求されるようだ。

三角池


(※前回記事/2010年5月19日
落葉猫
日向がないのでちょっとつらい。

落葉猫
上の展望台の膨らみが顕著
いつもと違う場所から展望台を撮る。
第2展望台の膨らみがはっきりして来た。

展望台


(※クローズアップの前回記事/2010年11月2日
今年のブドウ落葉
季節は寒くなって来た。

ぶどう375
成島柳北
墨田区観光協会が発行している「向島文学散歩」という
小冊子(300円)がある。
某ブログで紹介されていたのでワタシも手に入れた。
そこに成島柳北(1837~1884)の顔写真が載っていた。
それを見て思わず膝を打った。

顔が見事に長い。
典型的な馬面(うまづら)である。
なぜ長いとワタシが膝を打つのか?

それはこうである。
以前何かで読んだか、あるいはラジオで聴いたのか
はっきりしないがこんな事前知識のためだった。

まず映画の話から始まる。
黒澤明監督、三船敏郎主演の映画「椿三十郎」(1962年)の中の事である。
(※間違っても森田芳光監督、織田裕二主演のリメーク版の方ではない)
終盤のシーン、
一件落着して伊藤雄之助が扮する城代家老が言うセリフ。
(※俳優伊藤雄之助は顔が長いので有名だった)
「お前らが謝ることないよ。わしに人望が無かったのがいかんのだ。どうもな、このわしの間延びした馬面にも困ったもんだ…。昔のことだが、わしが馬に乗ったのを見て、誰かこんなことを言うたよ。『乗った人より馬が丸顔』」と言って複雑な笑顔を作る。

聞いていた若侍たちが笑いをこらえ、
横にいる奥方が吹き出して、場の空気が和む。
それは映画界をあっと言わせたところの、
あの有名な、空前の一瞬の斬り合いに至る
直前の緩急の仕掛けなのだ。
観客の気持ちの糸を一旦緩ませる作用。

あの時のセリフが、成島柳北のエピソードに由来する説あり。
幕末、成島柳北は徳川幕府の要職(外国奉行など多職歴任)を担っていた。
彼が馬に乗った姿を、そばにいた誰か(ジャーナリスト福地源一郎?)が見て
「これはさて世はさかさまになりにけり乗った人より馬が丸顔」と
言ったというエピソードが残ったらしい。

(※このエピソードは「高杉晋作」説の方が
圧倒的に強い。確かに高杉晋作も馬面だが、それってどうも
“全国区的な知名度”に引きずられていないだろうか)

そのエピソードを映画の脚本を書く時に取り入れて、
見事に効果的な役割を果たしたと言える。

その後、幕臣であった成島柳北は新政府にポストを求めず、
洋行などを経て、「朝野新聞」の初代社長になる。

江戸城明け渡し(1868)以降、
向島(現在の言問小学校の地)に住んで47歳で死去。
余談ながら俳優の故森繁久彌は成島柳北の兄の孫との事。
わが家の鉢植えイチョウが今年も黄葉
人間社会に関係無く季節は回る。

イチョウ
HTVの愛称と打上げ予定日が決まる
ISS(国際宇宙ステーション)への物資補給を任務とする
JAXAのHTV2号機の打上げ予定日が2011年1月20日と決まった。

同時に愛称が「こうのとり」に決まったと発表された。

●こうのとり2号機/H-2Bロケット2号機特設サイト

今のままでは無人機だが、それなりに改造すれば
有人機になる潜在能力を有する。


(※関連前回記事/2009年9月20日
道の真ん中猫
時々、小道などで
わざとのように道の真ん中に猫が座っている。
クルマが通るとシブシブのように退く。

構ってもらいたいのか。

道猫
iTunes Storeで映画配信開始
おとといiTunes Storeからお知らせメールが来た。
映画の有料配信開始の件です。
新作を含み1,000本以上、今後も当然増えるだろう。

Web上のiTunes Store経由の「レンタル」と「購入」の2方式。
さっそく「レンタル」でダウンロードしてみた。
レンタルは作品により200~500円。
期限内ならば視聴可能。

DVDなどの“物品”が介在しない“ダウンロード”。
奇しくもカセットテープのソニー・ウォークマンが
販売終了されたとのニュースあり。
(むしろまだそんなもの売られていたのか、の感慨だが)
時代の歯車がまたひとつカチっと動いたのだろう。

形のないふわふわした方法でコンテンツが供給されて、
形のないふわふわした方法で支払が決済される不思議。
おじさんは時代について行くのが大変である。
鳥・烏
嫌われ者だけど
タフでなきゃ生きていけない。

からす
非日常的な日常
路地の先に見えるオブジェ。

非日常的
昨夜の月とスカイツリー
最近は上の方で遅くまで
灯りが点いている事が多い。

月とツリー



月のアップ。
デジカメはありがたい。
昔だったらこんなに簡単に
自宅で画像を「ああでもない、こうでもない」と
いじれなかった。

三日月
猫の時間
居心地の良い場所はどこかにある。

日差し
きじとら
日常パトロール。

きじとら
ヒヤシンス、今季スタート
大鉢に15球。
この上に土を掛ける。

左の小さな球根は入り切れなかったので
別の小さい鉢に入れた。

ひやしんす



(※前回記事/2010年7月1日
パイナップル、2度目の冬越しを前にして
現在の高さおよそ55cm。
今度の冬を乗り越えれば
来夏には待望のパイナップルの実が出来るのではないだろうか。

冬越しはなかなかの難事なので課題多し。
前回の冬越しにおいても、
春になっても葉先からどんどん枯れが進行するばかりで
もうだめだとほとんどあきらめた。
ダイジョブだと分かったのは
6月の暑さが出て来てからだった。

55cmパイン


(※1年前の記事/2009年11月12日
ニンジンの葉の具合
6月27日タネ蒔きなので
もう収穫時期だ。

ニンジン葉



午後収穫したが…、ニンジンの形とは言いにくい。
しかも遅かったので裂けてしまっている。
これでもかわいいが。

ニンジン




(※前回記事/2010年10月31日
秋 天
この数日晴れが続く。

源森橋から見る。
雲ひとつ無い。

497
ランチ風雲録(7) カウンター
都内某所。

13:30頃だったのでその定食屋に入った時、客はいなかった。
昼のピークが済んで一段落の時なんだろう。
カウンターとテーブルがあったが、
ひとり客といういつものクセでカウンターに座った。

注文をして、店に置いてあったスポーツ新聞を見ていると
なんだか様子が変だ。
カウンターの中にいる店主らしきオヤジが、
ホール係の女の子に小言を言っているのだ。
女の子と言っても20代後半か30過ぎかもしれない。
客が減ったし、次のワタシの定食はまだ出来ないので
彼女はテーブルを拭いたりイスを片付けたり、
割り箸や卓上醤油を足したり
それなりに立ち働いている。

その小言が常識の範囲ならいいのだが
ズ~っと続いて止まらない。
ワタシが店に入った時に既に始まっていたから
たぶんいつもの事なのだろう。
カウンター越しの小言オヤジのガミガミが
とにかくうるさい。

ワタシはそんな状態なんて夢にも思わないから、
オヤジの真ん前のカウンターに座ってしまっている。
オヤジと女の店員の“線上ぴったり”にワタシがいる。
間が悪いったら無い。

女子店員はというとこれが無反応。
全然コタえていない。
馬耳東風。
自分の仕事だけはしっかりやっている。
普通だったらこんなに小言を言われ続けたら辞めちゃうだろうに…。
ん? という事はこのオヤジの娘なのかも知れない。
もう慣れっこになってしまっているのか。

しかしお客にとっては迷惑な話だ。
ワタシの頭の上で小言がネチネチ、
いつ果てるとも無く続いているのだ。
楽しかるべき食事の時間が台無しだ。

そんな時にまたサラリーマン風の客が新たに入って来て、
これまたカウンターに座った。
そいつも段々、この店の現在の状況を呑み込めて来て、
いやな顔をしている。
憂鬱な状況をひとりで背負っていたワタシは、
いやな気分が少し薄まった。

とにかく二度とこの店には来ないと固く心に誓った。
「シューシャインボーイ」
昨日の午後、テレビを見ていて
チャンネルを変えている内にあるドラマが目に留まり、
ぐいっと物語に引き込まれて、結局最後まで見てしまった。
予定にない事だったので、良い「拾い物」だった。

テレビ東京開局45周年記念ドラマ/「シューシャインボーイ」原作:浅田次郎
(ネットで調べたら再放送だった。初回放送は2010年3月24日との事)

役者/西田敏行、柳葉敏郎ほか

有名過ぎて顔が売れている役者の場合は、
どうしても素の本人の印象が強くて
見ている人にとって、そのドラマの役柄に没入できないのが普通だ。
ところが今回の西田も柳葉も役者本人が消えて、
物語の“人物”が(かなり)画面で動いていた。
さすがにダテにキャリアを積んでいないなと思った。

現実社会のどこにでもありそうな事柄、
どこにでもいそうな人物が
息をして、生活して、喜んで苦しんでいる。
人物の匂いまで感じられるようだった。
中年男のそれぞれが背負って来た人生が滲んで来る。

見終わった後が、さわやかなのも好感が持てる。
脚本、演出もしっかりしている。
「ソウル国際ドラマアワード2010」でグランプリ受賞したそうだ。
良いものはどこでも良いと評価されるのだろう。
ランチ風雲録(6) 不思議
一年の内、ちょうど良い気候というのは少なくて…、
外回りしているとそんな事に敏感になるものである。
暑くも寒くもない、風も微風で心地よい、
そんな日は何がなしウキウキして来る。
しかも売上成績が調子イイなどという時は、なおさらである。
歩きながら鼻歌なども出て来ようというものである。

目黒だったかな。
ホントはいつものように、混雑を避けて少し早めに
昼食にしようと思っていたのだが、
仕事の行きがかり上で12時半ころになってしまった。
そして午後のアポの関係もあるので、
昼食にそんなに時間が掛けられない。

店を物色して歩くと、お約束のようにどこもかしこも混んでいた。
うしろの時間が決まっているので余裕がない。
どこか空いている店は無いかいな。

ん? ガラ空きのランチ屋があった。
道からガラス越しに店内が見える。
「どうして?」と怪しんだが、
すぐ食べられそうな店はここしかないのでやむを得ず入った。

当然なにかワケアリと身構えた。

そして食べた。
ところが…、
拍子抜けな事に
全くの話、
別段まずくもなく、サービスが悪いわけでも無かった。

首を傾げながら店を出た。
結局、あの店は何だったのか謎のままだ。