普段のズボン(その2) 2014年05月
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
本日のスイカとデラウェア
スイカは1本に絞ったが、デラウェアはまだ絞りきれない。
スイカは昨年苗の段階でダンゴ虫に齧られて危なかったが今年は順調に育っている。

すいかでらうぇあ


(※前回記事/2014年5月6日
アラカシ、やっと葉が出る
後方に見える最初の芽はまだ以前のままだが、
2本目に発芽した芽はやっと普通の植物らしい様子になって来た。
ただ茶色っぽいことに変わりはない。

あらかし


(※前回記事/2014年5月25日
数年振りにアネモネ咲く
小さくたった1輪。
ムスカリのプランターの隅に以前の球根を入れていた。

あねもね


(※前回関連記事/2013年6月28日
サバ柄
近所でよく見かけるサバ柄猫は2匹いるが
こちらは全体に柄がモヤモヤ系の方。

サバ柄
海面下
海抜

近所の公園にある表示板。
海面下「マイナス0.6m」。

昔は“ゼロメートル地帯”という表現が使われていた。
防潮堤が破られると腰あたりまで海水に覆われる。

ましてあの東日本大震災のような10m近い津波に見舞われたら完全にアウトだ。
ゴーヤ最初の花
今朝窓を開けたら黄色い色が目に飛び込んで来た。
ゴーヤ最初の花(雄花)。

4本あるゴーヤの内、買った時に既に成長していた「あばしゴーヤ」。

ゴーヤ


(※前回記事/2014年5月17日
ほとんど変化なし
約1ヵ月前に実生で発芽したが、その後ほとんど成長しない。
ドングリの中のアラカシ(?)だと思う。
ダメになってしまったのかとよく見ると生きてはいるようだ。

第一この新芽が茶色だなんて…初めて見る。
興味津々。

あらかし


(※前回記事/2014年4月28日
わたげ
アブのなかま
アブでもハエでも蜂に似た方が種が続き易いのか。

アブのなかま
雪月花・花水木・木琴堂(音量ご注意)
ストリート猫
日暮里跨線橋
5月18日(日)、快晴無風の素晴らしい天気。
かねて新聞で読んだ日暮里駅の跨線橋に動画撮影で行くには最適の日だ。

都バスで日暮里に向かう。
乗車料金は従来一律200円だったが4月1日より消費税アップにより210円と表示してある。
スイカ(またはパスモ)使用の場合は206円との事。

日暮里近辺は現役中に十回以上来た事あり。
今や駅前に高層ビルがいくつも建って少しおしゃれになった。
さて日暮里駅北口跨線橋。
見物の人たちが十数人いた。子供連れが多い。
一度に14~15の軌道が見渡せる。




その後、谷中銀座に向かう。
谷中銀座はテレビでよく映るので極めて有名だがワタシは初めて行く。
いわゆる“谷根千”という言葉が一般化して
谷中、根津、千駄木周辺は人気エリアだ。
昔の風景、風物がよく残っている。
日曜日という事もあって一帯は観光客でかなり賑わっている。
“夕焼けだんだん”から谷中銀座の雑踏がよく見える。

谷中銀座


谷中銀座を突き抜けると直角に“よみせ通り”にぶつかる。
昔は谷田川(藍染川)が流れていた跡地で蛇行している。
元の流れは暗渠化されている。

昼時なので地下鉄千駄木駅近くで昼食。
食べ終わって、まだ時間も早いので不忍通りの対面側の文京区に足を伸ばす。

文京区向丘には社会人になって最初に勤務した会社があった。
付近一帯は何もかも懐かしい。
ちょっとしたセンチメンタル・ジャーニーだ。

まず団子坂を上る。
すぐ左側に真新しい森鴎外記念館がある。
鴎外の旧居“観潮楼”跡地。
昔は文京区立鴎外記念本郷図書館だった所。
建物がすっかりモダンになっている。
入ってみる。入場料600円。

鴎外1鴎外2


さらに道を進む。
坂が終わって少し進んで左折すると“漱石旧居跡”がある。
日曜だったせいか周辺は眠った様に静かな住宅街。
英国留学から帰国して明治36年3月から明治39年12月まで3年10ヵ月住んだ。
『吾輩は猫である』『坊つちやん』『草枕』などがここで生まれたそうだ。
ここにあった建物は“猫の家”として明治村に保存されている。
※終焉の地の早稲田の“漱石山房”はこことは別。

漱石


向丘の会社が入っていたビルに行ったら、もう建て替わっていた。
当時の面影は無い。
周辺の道の雰囲気は記憶に残っていて懐かしい。
当時昼食を食べた定食屋やラーメン屋、喫茶店はもう無かった。
考えりゃ当然だ、40年以上前の事だから。

周辺をぐるぐるして白山上交差点から引き返す。
千駄木駅に戻り千代田線で北千住経由帰宅。
なかなか充実した散策だった。約1万歩。
ナニコレ・ドア
アパートだろうけど、どういう間取りになっているのやら。

ナニコレ・ドア
今春実生の柑橘類の本日の具合
レモン、ポンカン、ハッサク。

れもんぽんかんはっさく


(※レモン。ポンカンの前回記事/2014年4月28日
(※ハッサクの前回記事/2014年4月14日
ゴーヤを購入して植える
今年もタネからの発芽に失敗。
芽が出そうになったのだがそこからの一歩が至らない。

タイミングを失するので見切って苗を購入して植える。

「ホロニガくん」@146×2個=296円
「あばしゴーヤ」198円
「豊作ゴーヤ」298円

ゴーヤ1ゴーヤ2


(※前回記事/2014年4月25日
ブドウの蕾みが出来る
確か昨年は蕾みが出来なかった。
今年も大きく剪定した後だから出来ないだろうと思っていたが思いがけなく出来た。
結実まで行けばいいんだが。

ぶどう
グレープフルーツ開花
花びらに穴があいたまま。

140515 (527x700)


(※前回記事/2014年5月12日
雨上がりのイチョウ
移植で根付くか心配だったがもう大丈夫。

いちょう


(※前回記事/2014年4月22日
玉ネギ収穫動画(音量注意)
穴を開けられた
せっかく出来たグレープフルーツの蕾みなのに。

グレープフルーツの蕾みに穴 よく見ると蕾みの横に虫がいる。
不明幼虫グレープフルーツ花を食う こいつが犯人。なんの幼虫か不明。右が頭。直径1㎜、全長7~8㎜。


(※前回記事/2014年5月4日
散 歩
玉ネギ収穫
茎が倒れる“収穫のサイン”が出たので収穫。
大小7個。
昨年、一昨年は6月半ば収穫だったので
それに比べると1ヵ月早い。

玉ネギ玉ネギ収穫玉ネギ乾燥


過去3年の収穫日。2013年6月18日。2012年6月15日。2011年5月31日。


(※前回記事/2014年5月8日
宇宙ヨット「イカロス」 1,450日
打上げから1,450日。

まだまだ3回目の冬眠中。
そろそろまた目覚める頃だと思うのだが…。





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<その他のサイエンスニュース>



2014年5月14日午前(日本時間)若田船長たち3人がISSから地球に帰還予定。


2014年4月19日(日本時間)、米国スペースX社のISSへの無人補給船ドラゴン3号機(CRS-3)が打ち上げられた。
使用ロケットはファルコン9 v1.1。
将来のロケット再使用化に向けて第1段の回収も試みられた。着陸脚も装備された。


<ロングレール>
新日鉄住金が150mの世界一長いレールの出荷を始める。
これまでは120m(欧州メーカー)だった。
運搬方法は9両の貨車を貫くように載せる。
カーブでは積載レールも一緒に曲がる。
(2014年4月17日朝日新聞)


政治の世界ではウクライナ・クリミヤ半島の件で
米ロの間がギクシャクしているが、ISSの運営に関しては今のことろ従前通り協力態勢を維持している。

2014年4月2日、NASAはウクライナ情勢を理由としてISS運用上の協力体制以外のロシアとの接触を停止と発表。
現在地上とISSとの有人移動はロシアの宇宙船「ソユーズ」に頼るしかない。
アメリカはロシアに一人当たり平均7070万ドル(約73億4000万円)を支払っているそうだ。


2014年4月7日南極観測船「しらせ」が晴海埠頭に帰港。
今回の航海で3年ぶりに昭和基地に接岸出来た。


金星探査機“あかつき”。
金星軌道よりもかなり内側を回る事になったので
当初設定したよりも3割多く熱を受ける地点を通る事になった。
2015年末の金星周回軌道再投入までに9回想定外の熱地獄を通過する。
搭載機器の温度が恐ろしいくらい上昇するそうだ。
再投入の時、電波の往復に15分掛かるので臨機応変な指令が利かず、
探査機自体に自律判断させるプログラムを用意する。
楽観は出来ないが一発勝負に万全を期す。



(※前回記事/2014年3月21日
予備のスダジイを整理
植物たちの場所の取り合いが極めて激しい。
あらたな発芽の気配が続いているので
予備としてキープしていたスダジイの2本目を
整理して土を空けた。
根がずいぶん伸びていた。

すだじい
玉ネギ収穫近し
だいぶ膨らんで来た。
収穫時期が間近いと感じる。
例年だと収穫は6月だったが今回はこの分では5月だろう。

今まではタネから育てたが、もうタネの手持ちが無くなったので今回は苗から始めた。
それが約一ヵ月早まる原因か。

玉ネギ


(※前回記事/2014年4月26日
佃島自転車散策
4月、5月という時期の頃合いは季節的に申し分ない。

5月初旬のある日、朝からきれいに晴れていた。
こりゃどこかへ行かないともったいない。

まだ行った事が無かったから佃島にしよう。
散歩を兼ねて電車で行こうと思ったが
天気が素晴らしいから自転車もいいなと思い直した。

わが家からは概ねずっと南下すればいい。
総武線をくぐってその先はあまり走った事がないので
風を切って進む町並が新鮮だ。

江東区富岡の辺り、石柱があり“三十三間堂跡”と彫ってあった。
え~? 京都のは有名だけども昔はここにもあったのか。
「三十三間堂は南北66間(約118.8m)東西4間(約7.2m)、四面廻り縁の堂でした」と記してある。
江戸時代にやはり“通し矢”が行われていたそうだ。
(※ネットで調べたら三十三間堂の“間”は長さの単位ではなく寺社建築の柱間の数を表す建築用語だそうだ)

三十三間堂 (525x700)



次に木々の緑の濃い場所があり、公園かと思い入って行った。
大きな社があり「ああ、富岡八幡宮だ。ここは以前来た事がある」。
正面から入らず横から入った事になるのですぐには分からなかった。
参道を逆に入口の方に進むと以前見た事のある日本一の神輿が飾ってある。
渡御時のフル装備で推定4.5トンと書いてある。

すぐ近くに伊能忠敬の像もある。
千葉県佐原の豪商兼名主である伊能家の家督を息子に譲り、
五十歳で江戸に出て深川黒江町(現在の門前仲町1丁目)に居を構えた。
測量の旅に出る時にはこの富岡八幡宮にお参りしてから出掛けたそうだ。

ここで長居している訳にも行かないのでさらに南下する。

富岡八幡宮 (700x525)神輿 (700x524)伊能忠敬 (526x700)


やっと越中島から佃島に架かる相生橋。
橋の途中の小さな中の島公園にもちょっと下りる。
釣り人が数人。

相生橋をくぐるヒミコ (700x525) 相生橋をくぐる水上バス「ヒミコ」(デザイン:松本零士)。


やっと佃島の端をめぐる川沿いの公園に入る。
気持ち良く整備されていて良い空間だ。
北端の広場の“紅花栃の木”の林は見事に満開だった。

高層マンション (700x525)
佃島の先端部 (700x525)紅花栃の木 (700x525)


川沿いに西に回り込んで、入り江から佃島の古い町並みに入る。
地元の人はあまり見掛けず、歩いているのは観光客が多い。
ちょうど正午頃だが町全体が眠ったように静かだ。

家康が大阪佃村から呼び寄せた人たちを住まわせて漁業権を与えたという故事であり、
航海関連の神様である大阪の住吉神社も勧請してある。

落語の「佃祭」に出て来る佃の渡しの旧跡があった。
特に金馬(三代目)のこの噺は実にいい。
赤銅色に焼けた逞しい漁師の伝法で善良な物言いは絶品。

佃島入り江 (526x700)住吉神社 (700x525)渡し船 (527x700)

豊洲 (700x525)佃島東側から豊洲を見る。
永代橋に向かう水上バイク (525x700)佃島北側から永代橋を見る。


帰路は相生橋から越中島公園を北上。
そこから見える佃島は瀟洒でいい。

佃島まんしょん (800x599)


小名木川(隅田川の支流運河)に架かる万年橋を渡ると左に深川芭蕉庵旧跡の展望台。
芭蕉翁の像が隅田川の船の往来を見ている。

芭蕉庵付近 (700x524)芭蕉翁 (700x525)


スーパーに寄って夕飯のおかずを買って帰る。
植替え
ビニールポッドから定植容器に移す。
徐々に疎抜きして最終的には1本にする。


●スイカ/昨夏ベランダ菜園で収穫したスイカのタネから実生したもの。
(スーパーで買って食べたスイカのタネはまだ発芽せず)
すいか1すいか2

●葡萄(デラウェア)/昨秋弟からもらったブドウのタネから実生。
スペースがないので既にあったブドウの小さい方の鉢の分(2007年実生の一つ)を止めてプラ鉢を空けた。
でらうぇあ1でらうぇあ2葡萄仕舞い



(※スイカの前回記事/2014年5月2日
(※デラウェアの前回記事/2014年4月30日
モモ成長中
上から見ると細い葉が同心円上に広がる。

もも


(※前回記事/2014年4月20日
グレープフルーツの蕾み
昨年実生のグレープフルーツ。
葉が固まっているのかと思ったら蕾みだ。
まさかこんな早く花が咲きそうになるとは思わなかった。

グレープフルーツ蕾み


(※前回記事/2013年6月26日
ヒバリか
近所の屋根のアンテナで
「ピーチク、ピーチク、ピーチク…」と
盛んに鳴いていた。

“聞きなし”で検索すると「ピーチク」はヒバリだそうだ。
シルエットだから同定しにくいが、
ヒバリにしてはちょっと尾が太いかなと思うが
まあ鳴き声からヒバリに間違いないだろう。

ひばり