普段のズボン(その2) 2014年10月
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
ハナミズキの紅葉
今日は小雨と曇天。
雨が降ろうが、パソコンが壊れようが季節は動いて行く。

はなみずき


数日前に今季初めて灯油売りの軽トラが回って来た。
今回は買わなかったが来週は買っておこう。
まだ石油ストーブをセッティングしてないし、
すぐには使わないがいつでも使えるようにしておこう。
パソコンこわれた
おととい2台使っているPCのうちメインに使っている方が壊れた。
まだ100%ではないが復活の可能性はゼロに近い。

このWin機(0Sは「7」)は2010年9月購入だから丸4年動いた事になる。
酷使して来たから寿命なのかも知れない。
困るのはストックしてあった写真や記録がもう取り出せない事である。
身辺の備忘録は月ごとにプリントアウトして紙に印字してあるので前月までは記録が残っている。
今月(10月)に関しては押し詰まってからのこの事態なので“ひと月の大部分”が消えた。
その他のたくさん書き溜めた各種雑多な断片が消えたのも痛い。

ブログを6つ(10月から1つ増えて6つになった)やっているので窮している。
撮り溜めしてある写真が無くなったのでどうしようか。
こんな事態もあるかと少しはUSBメモリやDropboxに移してあった写真がある。
またYouTubeに載せたがまだブログには未掲載の動画も少しある。
これらで少しは間に合わせられるかと思うがいつまで持つか。


さて今このブログはどうやってアップロードしているのか。
あまり使っていなかった2012年11月購入のMac機(MacBookPro:MacOSは10.8マウンテンライオン)を引っ張り出して来て
慌てて設定を整えて(このMac機は本格的には使いこなしていなかった)苦労しながら使っている。
やっと慣れて来た。
Win機とMac機ではキーボードのキーの並び方が微妙に違うから慣れないと面倒。

今回壊れたWin機の前はMac機を長年何台もメインに使い続けていたのだが
OSのバージョンが進むとだいぶ操作感が変わるし、何と言ってもWin機のほうが世間的な使い勝手がいいのでこの数年でワタシが使う割合はWin機:Mac機=95:5くらいだった。


PCが壊れると、
(1)修理は出来るが記録は全部消える。
(2)修理せず記録だけ取り出す。
大抵この二者択一を迫られる。
数年前にメインに使っていたMac機が壊れた時は(2)を選んだ。予想以上に高額な技術料が必要だった。それでも天秤に掛けるとその時は「記録の取り出し」の方が重要だった。
今回はそんな費用は掛けない。
修理もしない。修理してもハード自体がもう古いのでビクビクしながら使う事になるだろう。

今回のような事態のために平時の2台使いは確保して置きたい。
新しいWin機を購入か。
問題はウインドウズのOS「8」が今ひとつ使いにくいという評判な事である。
次世代OSの予定は「9」を飛び越えて「10」という設定だそうだが
販売は2015年後半の見込みでまだ1年先だ。
思案中。
今年もムスカリの球根を埋める季節到来
昨日ふと気がつくと保存してあるムスカリの球根に芽が出初めていた。
いつものプランターに埋める。

ムスカリ1ムスカリ2
曳舟再開発の最近
京成曳舟駅の南東側エリアの3本目の高層マンションが積み上がりつつある。
4本目も計画はあるようだがまだ駐車場になっていて具体的な動きはない。

曳舟

すぐ横を走る京成線の高架化も上り線は2013年8月に開通し、
現在は下り線の工事真っ最中。工事終了予定は2016年度のようだ。
(荒川の北の立石周辺の高架化はまだ用地収用が難航し当分先の見込み)


東武線の曳舟駅前にあった複合ビルは東日本大震災の影響でひび割れが発生し、
当初改修工事の方向と聞いていたが、結局取り壊され
老朽化した近隣の白鬚橋病院が新しいビルに移転することになった。
現在基礎工事中。



(前回記事/2014年3月9日
カラーハウス(4)
「ヒミコ」と「ホタルナ」
松本零士プロデュースの遊覧水上バス。
その近未来的で流麗なデザインは従来の遊覧船デザインとは一線を画している。

柿がウマイ
古人いわく「柿が赤くなると医者が青くなる」。
これたしか以前にも書いているな。

柿
雑司ヶ谷鬼子母神のイチョウ
樹齢:600年以上。
幹周り:8m。
樹高:約30m。

イチョウとしては都内で二番目の巨樹だそうだ。
(一番は麻布善福寺のイチョウ)

鬼子母神のイチョウ
写真アルバム/影
雑司ヶ谷霊園
YouTubeに載せる一連の都電動画の残り部分を撮りに出掛けた。

JR大塚駅で降りて歩きながら移動。
途中、初めて雑司ヶ谷霊園に寄る。
掲示案内板を見ると漱石をはじめ多くの著名人の墓がある。
永井荷風、小泉八雲、泉鏡花、ジョン万次郎、大川橋蔵など。

案内掲示

変わりダネは「鬼アザミ清吉」というのがあった。
とんと知らない名前だが天下の漱石と並べて書いてあるのだから有名人なのだろう。
帰宅してネット検索したらなんと江戸時代の大泥棒だった。
別名鬼坊主清吉。最後は捕縛され市中引き回しの上獄門(斬首して晒し首)。
享年30。辞世の句は「武蔵野に名もはびこりし鬼薊(おにあざみ) 今日の暑さに乃(やが)て萎(しお)るる」。




漱石墓墓石裏

漱石の墓石の裏に漱石と並んで俗名「夏目キヨ」と彫ってある。誰? 
検索したら漱石の妻の本名だった。奥さんの名前は鏡子だった筈だがどういう事か。
作品『坊ちゃん』の中で坊ちゃんを無条件にくるんでくれる
ばあやの名前は「清(キヨ)」だった事を思い出さざるをえない。
他に五女ひな子という名前も並んでいる。
検索すると五女は雛子、字がむずかしいからひらがなで彫ったのか?

以下メモとして記しておく。
漱石の子供は2男5女。
長女:筆子(さらに係累:松岡陽子マックレイン、半藤末利子)
次女:恒子
三女:栄子
四女:愛子
長男:純一(さらに係累:房之介)
次男:伸六
五女:雛子(1歳で死亡)


その後、雑司ヶ谷鬼子母神に寄ってJR目白駅から乗車して帰宅。
イチョウも色付き始めた
立体交差から下の道路を見る。

イチョウ黄葉
白鬚橋夕雲
北斎がデジカメを使えたら撮っただろう情景。

白鬚橋夕雲1白鬚橋夕雲2
隅田川のきらめき
昨日所用で浅草松屋デパートに行った。
安心して停められるので近くの公共駐輪場に自転車を預ける。
1日100円。

言問橋から東武スカイツリーラインの鉄橋を見る。
折から特急が入って来た。
駅直前なのと鉄橋が老朽化しているので徐行。

川面は太陽を反射してまばゆい。
遊覧船がシルエットに。

隅田川きらめき
日常階段(4)
猿 顔
わが家の鬼胡桃が冬に近づき葉が落ち始めた。
葉が5~9枚付いているまとめの葉柄というか小枝というか
その部分も落ちる。

その落ちた跡の模様が猿の顔に似ている。

猿顔猿顔二面

顔のおでこのツノのようなものが来年の新芽準備なのかと思うが
昨年の猿顔跡を見るとそこからではなくその上の位置から新枝が出ている。

昨年猿顔
サンシュユ(山茱萸)の実
木の実はそもそもいろいろな色があった。
突然変異だからどの色にも平等に機会は有った。

それが数千年、数万年、数十万年…が経過するうちに
鳥が見つけやすい目立つ色の実を持つ形質の仲間が
子孫を残す機会が増えて広く勢力を伸ばした。

地味な目立たない色の実の仲間は存続しにくかった。
かくして赤や黄色の木の実が多い。

さんしゅゆ
首都高フォルム
台風一過
今朝は台風一過の青空。
昨日の深夜というか今日の未明というか、
0時から2時くらいが風雨のピークだったか。

予想ほどはひどくなかったのは幸いだった。
倒れた植木鉢も無かった。
(以前強風でブドウの鉢が垂れた事がある)

先般の瓦の応急措置で雨漏りも無かった。


まてばしい 久しぶりにマテバシイの様子。2鉢ある中の大きい方。


(※前回記事/2014年6月25日
白のシュウメイギク(秋明菊)
和菓子のような感じ。

ん? 本末転倒な言い方か。
和菓子が繊細に自然を写しているんですね。

しゅうめいぎく
白いコスモス
白いのは初めて見た。

こすもす
曇天・東京港
10月2日の水上散策から港部分をピックアップしてみた。




(※関連記事/2014年10月4日
雨漏り
先般の台風18号で数ヵ所ひどい雨漏りをした。
家中のプラスチックタライをかき集めて大騒ぎだった。
天井には大きな雨の染みが残る。

今までも普通の雨なら大丈夫だったが
強い雨の時は雨漏りがあった。
しかしそんな事は年に数回だから
つい面倒で屋根の状態を見なかった。

ところが来週には台風19号が来る。
かなり強い台風のようだ。
こりゃたまらない。

ようやく重い腰を上げ屋根に上って見た。
「ありゃ~、ダメだこりゃ」
単純に瓦の割れているところが数ヵ所。
一番ひどい箇所は瓦が踏み抜き状態。
ここは完全に雨水が入り放題。

原因は分かっている。
(1)テレビの地デジ変換の時、アンテナをアナログ用から地デジ用に換えた。
(2)その後、その新しいアンテナが強風で倒れたので立て直した。
以上2回、近所の電気屋さんが屋根でその作業をした。

この人がごっつい体格なんです。
たぶん体重80~90㎏くらいか。100kgは無いと思うけど。
なんか作業中いやな音がしていたんだ。
ギシギシ、ミシミシ、ガラガラ。


昨日とにかく応急処置を施す。
これで今度の台風には対処出来た。
当面ホッとした。
幼虫擬態
クスノキの葉に小さい穴がたくさんあいている。
なにが原因かと思い、目を凝らしてよく見たら「いた!」。

見れば見るほど葉柄に似ている。
色、形、サイズがホンモノそっくり。
枝と葉をつなぐ葉柄部分。
しかも身体をピンと突っ張ってじっと動かずにガマンしている。
(写真に写っている小さいこげ茶色のものは土)

何の幼虫かはまだ調べ中。

幼虫擬態
夕陽を背に受けて
ちょいとシュール。

ゆうひ
宇宙ヨット「イカロス」 1,600日
打上げから1,600日。


また4度目の冬眠に入っていると思われるが
正式な発表が無くよくわからない。
「イカロス」は一応終わったミッションなので、
他の優先順序の高いミッションにスタッフが掛かりきりで
こちらには手が回らないのだろう。




――――――――――




<その他のサイエンスニュース>





従来2014年12月に打ち上げと予定されていた「はやぶさ2」は
11月30日13:24:48に打ち上げられる事に決まった。
2020年小惑星の土を持ち帰る予定。



インド宇宙研究機関(ISRO)が2013年11月5日にPSLVロケットで打ち上げた
火星探査機「マーズ・オービター」が2014年9月24日火星周回の軌道に乗った。
これにより現在火星ではNASAの周回衛星「2001マーズ・オデッセイ」「マーズ・リコネサンス・オービター」「メイヴン」と無人探査車「オポチュニティ」「キュリオシティ」、ESAの周回衛星「マーズ・エクスプレス」の6機を含め同時に7機が活動している事になった。
重量は1,337kg。
米国、旧ソ連、欧州に次いで4番目。
(※日本は1998年7月4日にM-Vロケットで火星探査機「のぞみ」を打ち上げたが
残念ながら航行途中の故障で周回軌道へ投入出来なかった)



2013年11月にNASAが打ち上げた火星周回探査機「メイヴン」が2014年9月21日火星周回軌道に乗った。
火星の大気や水が失われた謎の解明が期待されている。
広報の一環として世界中から公募した俳句1,100句以上を収めたDVDが載せられている。



ISSへの有人宇宙機はNASAのスペースシャトル退役後、
頼るのはロシアのソユーズしか無く、その席料が
一人当り約7千万ドル(約75億円)も掛かる事や米ロ関係悪化などで
米国の有人宇宙機復活が望まれている。
これまで米国の民間4社の計画が検討されていたが
2014年9月16日2社に絞り込まれた事が発表された。
●ボーイング社「CST-100」
●スペースX社「ドラゴン」



NASAの火星探査車「キュリオシティ」は2012年8月に着陸してから
予定の2年を経過した。
更に活動を続けてるが、粒子が粗い火星の土に悩まされ
予想以上にタイヤが摩耗したので、ルートを慎重に選びながら運用している。



2014年9月11日、火星や小惑星への有人探査を目的に、NASAが開発中の
次世代宇宙船「オリオン」の試験機が公開された。
2014年12月:無人試験飛行。ロケットは「デルタ4」を使う。地球を2周して太平洋に着水。
2021年:有人飛行。
2025年:有人小惑星探査。
2030年代:有人火星探査。
4人乗りで、1969年に有人月面着陸を果たしたアポロ宇宙船に似た円すい形。
3人乗りのアポロよりひと回り大きい。
動力や水、酸素を供給する円筒形の「サービスモジュール」の上に接続されており、
全体の高さは21m、直径は5m。これをロケットに取り付けて打ち上げる。



2014年9月7日、地球をかすめた小惑星「2014 RC」の破片と見られるものが
中米ニカラグア首都の空港近くに落下した。
それにより直径12mのクレーターが出来た。
小惑星の直径は推定で20m。



2014年7月19日にロシアが実験衛星のフォトンM4号機(Foton-M4)を打ち上げた。
繁殖行動に対する無重力の影響について調べるため
ヤモリやミバエを搭載している。
打ち上げ時に衛星は一時制御不能状態になったが回復して予定の軌道に投入出来た。
9月1日に予定通り地球に帰還したがヤモリは全て死んでいた。
暖房システムの故障による凍死と判明した。
ミバエは生存していた。



ロシアは2007年9月にISSの研究棟で12日間を過し受精して
地球に戻った「母ゴキブリ」から生まれた「子ゴキブリ」、
さらに続いた「孫ゴキブリ」の30匹は健康状態が良好だそうだ。
子ゴキブリは通常より成長が速かったが、
孫は通常の地球のゴキブリとまったく同じだそうだ。



2014年8月22日スペースX社の再利用型ロケット「F9R」の試験中、
不具合で空中爆発した。負傷者はいない。



「こうのとり 6号機」でデブリを落下させるための基礎実験をする。
テザー(金属のヒモ)を垂らすと地球磁場による左手の法則で軌道が変えられ
少しずつ大気圏に再突入し消滅する。



2014年3月に米ハーバード・スミソニアン 天体物理学センターの
専門家チームによって発表された「インフレーション理論」の
直接的証拠とされる重力波を発見したとした発表に対し
他の科学者から疑問符が出されており、
6月に発表された同チームの新たな論文で疑義を一部認めた。
成否は今後の研究ではっきりするだろうとの事。



(※前回記事/2014年8月18日
雪月花・花水木・木琴堂 3
裏路地
東京水辺ライン 『いちにちゆらり旅』
ゆらり旅ルート ルート(東京水辺ラインのHPから)

東京の水上バスはコースがたくさんあるが、
一番長距離は『いちにちゆらり旅』というもの。
両国から隅田川を上り、岩淵水門を通って荒川に入り、荒川をずっと下り東京湾に入り
お台場を回り、再び隅田川を遡って両国に戻ると5時間30分。
運航日は4月から10月の木曜日の特定日のみ運行。2014年は6回。
1ヵ月前からの予約受付。
当日支払い、3,090円。

10/2(木)曇り。9:00両国出発。
途中昼ごろ、一時的に日差しが出たがすぐに曇りに戻る。
逆に考えれば
暑過ぎず、寒過ぎず、ほぼ無風で良かった。
屋根部分のデッキに途中から出られるようにセッティングされ、
デッキに移ってからは最後までそこにいた。
なによりも写真が撮り易い。

飲食設備はドリンクの自販機のみなので、食べ物は持込む。
トイレは当然ある。

デッキに移ってからは立ちっぱなしだったので少し疲れた。
なかなかおもしろい川遊びだった。

あじさい 乗った船<あじさい>
両国 両国発着場
遡上 隅田川を遡上。
五色桜大橋 荒川に架かる首都高五色桜大橋を横目に見ながら(近い!)隅田川をさらに上る。
土手植樹 土手の植樹(向うは公園)
青水門 新岩淵水門(青水門)
赤水門 旧岩淵水門(赤水門)
河川敷 荒川河川敷(ゴルフ場)
儀式桜大橋 首都高五色桜大橋
ハープ橋 首都高かつしかハープ橋
クルーザー プレジャーボートとすれ違う。
荒川湾岸橋 荒川河口橋(湾岸道路)、荒川湾岸橋(首都高湾岸線)、JR京葉線荒川橋梁が重なっている。
東京ゲートブリッジ 東京ゲートブリッジ
レインボーブリッジ レインボーブリッジ
日本丸 帆船・日本丸が停泊していた。
倉庫群 倉庫群。そのうしろに「ゆりかもめ」が走っている。


●赤水門/1916(大正5)年着工、1924(大正13)年完成。水門としての使命は既に終えている。
●青水門/1974(昭和49)年着工、1982(昭和57)年完成。
●荒川放水路(現在の荒川)/1913(大正2)年から1930(昭和5)年の17年がかりの難工事だった。
●荒川放水路開削の責任者は土木技官の青山 士(あおやまあきら 1878~1963)。
パナマ運河建設に携わった唯一の日本人。
現在のような土木機械、重機がなかった時代にあの幅の広い川を人の手で造ったとは想像を絶する。
バーニー・フュークス
2014年9月28日(日)のNHK「日曜美術館」で紹介された
イラストレーターの“バーニー・フュークス”を観た。
これぞ“アメリカ人好み!”の絵を描く。

ノーマン・ロックウェルをあざとくムーディにした画調。
ロックウェルはあくまでも生真面目な画調だが
フュークスは粋でおしゃれを極めている。

ある意味でロックウェルも充分あざといが…。
アメリカ的なあざとさ。
ロックウェルはアメリカ的演歌またはアメリカ風浪花節でアメリカ人を泣かせる。
どこをどう描けばアメリカ人の琴線に触れるかを分かり過ぎていてこそばい。
いやそれを過不足なくこれでもかと描けてしまう職人ロックウェルが大好きです。

さらにボブ・ピークともちょっと違う。
ボブ・ピークも良くも悪くもアメリカ的な
派手派手なエンターテインメント・イラストレーターだった。

とにかくそういう意味では
みんなアメリカンイラストレーターたちだった。
アメリカ、アメリカ、アメリカ!


バーニー・フュークスの小さい展覧会を
「代官山ヒルサイドフォーラム」でやっているので観て来た。
入場料500円。

半蔵門線と東武鉄道が乗り入れてから渋谷に出るのが非常に便利。
往路は渋谷で降りて代官山まで散歩しながら歩く。

渋谷駅周辺は再開発の真っ最中。
ガラッと変化するためにごった返している。

渋谷解体中の東急百貨店東横店の3階にまだ銀座線が出入りしている。
渋谷川渋谷川2渋谷川。この両側のビルも解体を待っている。



さてバーニー・フュークスである。
木漏れ日、逆光の表現の仕方が惚れ惚れするほどである。
絵の具が乾かないうちに光の部分を拭き取って下地の白を出す。
アウトフォーカスの遠景がぼんやり霞んでムードたっぷり。
本当に画面から陽光がにじんで来る。輝いている。

臨場感を強くするために故意に垂直線(建物の柱など)を傾けているのが目に付く。

フュークスは当初トランぺッターをめざしていたが
高校を卒業した夏、工場の事故で右手指3本を失くし音楽はあきらめた。
独学でイラストを描き始め、最初の仕事は自動車広告のイラストだった。

その後、スポーツイラストレーションや著名人の肖像画などで
数々の賞を受け活躍をした。

2009年76歳で逝去。




蔦屋書店蔦屋書店空中通路で。

ついでに、すぐ隣りの蔦屋書店に寄るも
特に用は無かったのでひと回りしただけですぐに出る。
帰路は代官山駅から渋谷まで東急東横線に一駅乗る。
いちじくジャム
弟が作った自家製いちじくジャム。

いちじくジャム