普段のズボン(その2) 2015年01月
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
工事が終盤にかかった京成曳舟駅
京成電鉄押上線の高架工事、残っていた下り線もだいぶ出来て来た。

最終的な完成は2016年度らしいからまだ先だ。
いろいろな付帯設備工事があるのだろう。

京成曳舟駅
時を溶かして
今は亡き人のように、
今は無き建物。

時間は流れ、どこへともなく溶けてゆく。
指のすきまから滑り落ちる砂は感情の入り込む余地もない。

哀惜でもなく寂寥でもなく悔恨でもなく憐憫でもない。
ひたすら見続ける事しかワタシには出来ない。
それが時間に対してせいぜい出来る事。

(なんちゃって)




ツバキの2輪目
わが家のツバキの2輪目が昨日咲いた。
今季は最初の花がバカに早かったので
2輪目までの間がだいぶ離れた。

つばき2輪目


(※前回記事/2014年11月28日
「カタカナ+漢字」の名詞 その2
<不思議で独特の雰囲気を醸し出す単語たち>

アークタンジェント関数
アクソメ図/Axonometric drawing
ウィック回転
ウィリアムズ症候群
カスプ磁場
ガリレイ変換
カルツァ=クライン粒子
カルテシアン軌道要素からケプラリアン軌道要素
カルマン渦
ガロア体、ガロア理論
ギラン・バレー症候群
クーロン力
グラスマン数
クリープ解析
グリセミック指数
グリッド捜査
クロス検索
ゲージ対称性
ケーラー・アインシュタイン計量
ケプラー回転
ケルニッヒ徴候
コーシー条件面
ゴールドバッハ予想
ゴーレム効果
コルモゴロフ複雑性
コンプトン効果
シークエンス回路
ジーゲル零点
シュヴァルツシルト半径/カール・シュヴァルツシルトによって発見された時空領域の半径
シュヴァルツシルト面
ジュール熱
シュテルンハイマー効果(あるいはスターンハイマー効果)
ジョセフソン効果
スカラー場、スカラー倍
スピン群
ゼータ関数
ゼーベック効果
ソーン・ジトコフ天体
チューリング機械
ディラック方程式
トーマス因子
ド・ジッター宇宙
トリプルアルファ反応
ドレイク方程式
ニュートン法
バージェス頁岩
ハイポトロコイド曲線
ハウスドルフ次元
バリオン振動
パルサー風
ハロー軌道
ハンセン指数
ピグマリオン効果
ヒルベルト空間
ピン群
ファラデー回転、ファラデー効果、ファラデー定数
フェルミ推定
ブッチャーエムラー効果
ブニャコフスキー予想
フラクタル図形
プラサンガ論法
プランク時間
フリードマン方程式
プロトン現象
ベクトル空間、ベクトル計算機 
ベクレル効果
ヘッセ行列
ベッセル楕円体
ペトリ皿
ペリトロコイド曲線
ポアソン方程式
ホーキング放射
ボース=アインシュタイン凝縮
ボディマス指数
ボルツマン定数
ポンゾ錯視
マイスナー効果
マクスウェル方程式
マゴリアン関係
マチルダ効果
マランゴニ対流
マルチフェロイック物質
マンデルフレミング効果
ミンコフスキー次元
メルセンヌ素数
モンテカルロ法
モンロー/ノイマン効果
ラマン強度
ラマン散乱光
レイノルズ数
レッド・オーシャン戦略
ローレンツ対称性
ロンドン方程式



(※前回記事/2012年8月17日
ハッサク
ハッサクが安かったので買った。
10コ入り大袋。
最初普通に食べたら皮が薄くて
一房ずつ食べるのはちょっと食べにくかった。
この日はジュースにしてみた。

甘さと酸味が程好かった。

はっさく1はっさく2
東武博物館
きのう東武博物館に行った。
東向島駅高架下。
2009年にリニューアルしてからは初。
おとな200円(こども100円)。

実物車両展示が以前より増えたか。
日曜日なので入場者が多い。
運転シミュレーションがいくつもあり、
軍手をして指差確認をしながら運転している小学生がいて末恐ろしい。

パンタグラフデハ電気機関車
フリーズ
1月20日の猫とは別だが似ているので兄弟かも知れない。同時に撮影。

フリーズ猫
寒緋桜の蕾み
まだまだ固い。
それでも大粒になっている。
時間の問題。

かんひざくら
後藤又兵衛
昨年(2014年)のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で初めて知ったのだが
後藤又兵衛は黒田家の家来だった。
官兵衛が有岡城に幽閉されていた時に又兵衛の伯父が従順でなかったので一族追放された。
その後、改めて黒田家の家来に復帰。
官兵衛の息子長政の家来に回された。
又兵衛自身は官兵衛の家来でいたかったが命令だから仕方がない。
長政は又兵衛より八歳くらい年下。
長政がなかなか又兵衛の進言を聞かないので不満が溜って行った。
「おれの言う事を聞かねえ坊ちゃまだなぁまったくよぉ」

官兵衛死去後、義理は済んだと長政を見限って黒田家を出奔する。
その知勇を惜しんで各大名から誘いの声が掛かるが
長政から「奉公構(ほうこうかまい)」の回状が出て再就職が出来ず浪人となる。
やくざの「破門状」のようなもので他家に就職出来ない。

時あたかも大阪の陣が出来(しゅったい)し、豊臣方に合流する。
これで長政とは敵味方に分かれた。
やっと自分の思う通りの事が出来る。
侍としての“死に場所”を探していたのだろう。
同じく“死に場所”を探して時期を待っていた真田幸村も大坂城に入る。
幸村も九度山蟄居のまま朽ち果てるのは口惜しい思いを持ち続けていた。
かくして二人とも夏の陣で思いを遂げた。

来年(2016年)のNHK大河ドラマが『真田丸』。
冬の陣の講和で外堀も内堀も埋められて丸裸になった大坂城。
世間知らずの淀君側は、百戦錬磨で老練な家康に騙された。
秀吉が造った難攻不落の大坂城も堀が無ければハリボテ同然だ。

もう籠城は無理だから野戦やむなしと幸村が進言しても
淀君は城を過大評価し消極策しか出て来ない。
しかも城方は幸村が本当に信用出来るのかと疑心暗鬼。
幸村の兄の真田信之は徳川方におり家康の養女を嫁にしている。
当時の常道として家康は政略結婚のために実子や養女をたくさん用意している。
せめてもの善後策として急遽大坂城の飛び地として出城の「真田丸」を造って
攻撃のかなりの部分を幸村が一身に受け止める事にする。
ドラマ『真田丸』が楽しみだが脚本が三谷幸喜なのでおちゃらけにならないと良いのだが。

さてあくまで俗説だがこの夏の陣の乱戦中に家康の本陣が攻められ
家康が輿で逃げる途中に後藤又兵衛の槍で輿ごと突き通され、
安全な所まで逃げ切って輿を開けたら家康は既に事切れていた説。
この事はあくまで秘され影武者が立てられた。
急いで戦後処理をして、体制を整えて安定させてから
影武者を始末して家康が公に死んだ事になった。
夏の陣から“家康の死”まで1年経っていない。
遺骸を一時的に隠した堺市の南宗寺(なんしゅうじ)は
江戸時代を通して幕府により庇護された。
じゃ、鯛の天ぷらに当ったというのは影武者の方かいな。
知り過ぎた影武者を消すために毒を盛ったか。
いや俗説、俗説。
秀吉の失敗
歴史上の人々のあれこれを想像して
「ああでもない、こうでもない」と思いをめぐらすのは甚だ興味深い。
先人の研究家や作家たちが営々と築いて来た考察の海から、
“風雲児秀吉のつまずき”について自分なりに拾い上げて列挙してみる。
(※いろいろな見方のひとつであり、異説も多々ある事は承知しています)



(1)~信長という先行モデルがいなくなった~

秀吉は天下人になるまでは、信長とは別の意味の不世出の異才だったが、
いざ天下人になってしまうと、先行モデルが無いまま停滞してしまった。
当時世界でも有数の勇壮華麗だった大坂城や聚楽第など
建築に対する非凡さなどを含めて、
あれよあれよと天下人に駆け上がる過程では輝いていたのだが…。
攻めのタイプであったが守りのタイプではなかった。
家康のような盤石の体制を作り上げる事も出来ず淀の色香に迷った。
朝鮮出兵なども、深い考えも無く行動を起こした。
信長が見た地球規模の壮大な夢を、ただカタチだけ真似をしただけだ。



(2)~三成を重用し過ぎたのが裏目~

石田三成は主人である秀吉に対する“忠義”だけの人。
忠義が過ぎて却って秀吉自身だけでなく豊臣の家を潰してしまった。
人の器量で見ると秘書課長クラス。
課長の三成が社長の秀吉に、各部長たちのあることないことを吹き込んでいるのを現場の百戦錬磨の部長たちは苦々しく思っている。
朝鮮の戦役でも部長たちが寒さと疲労で困憊しているのに
国内の秀吉の間近でぬくぬくと勝手な事を言っている。
特に加藤清正、福島正則、黒田長政(官兵衛の嫡男)は怒っている。
この三人は“三成憎し”で怒髪天を抜く思いだったから、
秀吉の子飼いにもかかわらず家康にその感情を利用された。
かくして豊臣恩顧の荒大名たちが徳川方に巧妙に取り込まれた。
そうでなければ秀吉の忘れ形見の秀頼に弓を引くような図式が見えない筈がない。
将棋と同じで相手の飛車角のような大駒を自分の手駒にして意のままに使う家康の老練。
天下分け目の関ヶ原合戦も豊臣の諸将を競わせてたった一日で勝った。
徳川主力本隊を預かったわが子の秀忠隊は中山道経由で駆けつける筈だったが、
信州上田の真田親子に手こずって肝心の関ヶ原合戦に間に合わなかった。
大遅刻の大失態。家来の手前もあって家康は大激怒。
勝ったから良かったようなものの、もし負けていたら…、
家康の背筋を冷たい汗が流れた。
利根川の増水で家康の指示がうまく届かなかったから仕方が無かったという説もあるが。
一度レールが敷かれたら荒大名たちも何がなんだか分からないまま家康の手駒のまま。
関ヶ原だけではなく、それから14年後の大坂の陣でも同じ運用を継承。
そのまま徳川方の中で家の存続を図るしか方策が無くなった。



(3)~淀君(お茶々)に耽溺して正室を蔑(ないがし)ろにした~

先にも書いたように天下人に上り詰めるまでの秀吉は
明朗闊達で聡明で人間的魅力に富んでいた。
“人たらし”で座持ちが良く、周囲を明るくしファンを増やしていった。
その非凡な人が、何でも思い通りに手に入るようになると、
“生い立ち”のコンプレックスが頭をもたげて来る。
高貴な人への憧れが押さえられない。
主人信長の妹で手の届かない存在だった別嬪のお市。
お市は夫である柴田勝家と共に越前北ノ庄城で自害して果てた。
娘たち三人は落ちる城から救い出されてその長女がお茶々。
言わば“お嬢”である。母ゆずりの別嬪だった。
秀吉はあの手この手で側室にした。
正室の“おね”は世継ぎを得るためとは言え、我慢を強いられた。
どんどん変わって行く秀吉にもがっかりしただろう。
いつの頃からかもう豊臣の世をあきらめた。
大きな時代のうねりを感じ、徳川の世になるのが避けられない事を悟った。
“おね”の動向・意向は少なからぬ影響力を持っていた。
秀吉死後、“淀派”とおねの“政所派”が形を現わして来た。
これを淀君一派は軽く見ていたのではないか。
“おね”がわが子同然に可愛がった加藤清正、福島正則、黒田長政らを徳川方にそれとなく誘導した。
当然家康は家康で“おね”を優遇して手を回していた。



(4)~一国の政(まつりごと)において“大きな絵を描く”才覚では、秀吉より家康はひと回りもふた回りも上~

戦国の世を終わらせて二百数十年の太平の世をつくったのは家康のもたらした功績。
ただし平和は時計を止める副作用もあるから、
ペリーの黒船来航で外の世界に決定的に遅れを取った事を知る事になる。
ガラパゴス化。
平和という概念に絶対は無く相対的事象に過ぎないとは人類って一体なんざんしょ。
物事はことごとく二律背反。



(5)~秀頼は本当に秀吉の子か?~

関ヶ原合戦の後、家康は豊臣家を一大名として残してもいいかなと思っていた。
ところがある時久し振りに秀頼に対面して
成長して大男(180cmくらい)になっていたのを見て仰天する。
会話をして利発さも感じる。
これはまずい。
こいつを核にして豊臣の残党が集結すると厄介な事になる。
早く潰さねばならない。
「しかしこいつは本当に秀吉の子か?」と家康も疑問に思ったのではないか。
秀吉は猿とか禿げ鼠とか言われた貧相な小男だった。
正室の“おね”にはもちろん、他の側室たちにも子が出来ない。
秀吉には子を生む能力が無かったのではないか。
ところが淀との間に二子出来た。第一子は幼児の時に死亡。
途中もう出来ないと諦め、甥の秀次を関白にした。
その後に第二子の秀頼が生まれたので今度は秀次が邪魔になった。
謀反の疑いを掛けて凄惨な一族皆殺しにした。
これは後々の問題を懸念して小賢しい三成の入れ知恵かも知れん。
秀吉本人も、秀頼がうすうす自分の子ではないと感じていたかも知れない。
いやあるいははっきり理解していたのかも…。
それでも体面が保たれればそれでいいと割り切っていたのか。
あるいは目が曇っていて冷静さが無くなっていたか。
しかもそれらは諸将の間にも密かに噂がささやかれていたかも知れない。
だからこそ大坂の陣で豊臣恩顧の大名たちが家康側の手足になって
主筋を攻めるのにあまり苦しまなかったのではないか。
家康陣営も積極的に風評を流したか。



(6)~弟の秀長が比較的早く病没、ひと月後に利休には死を命じる~

信頼できる片腕の秀長がもう少し長く生きて秀吉を補佐していれば
秀吉はもう少しまともな晩年になっただろう。
「表向き(政治)の事は秀長に、奥向きの事は利休に」という
受持ち分担をしていて一時期うまく機能していた。
秀長は父違いの弟だが実直で温厚な性格で諸大名たちの評判も良かった。
次にまた豊臣政権の重要な支柱でもあった利休との決裂。
金ピカ好きで派手好みの秀吉。渋好みの利休とはいつかぶつかる運命だった。
誇り高く我を通す利休の巍然とした芸術家精神。
性格の違いは埋めようが無い。
しかし死を命じておいてつまり利休がいなくなって、
結果的に一番寂しい思いをしたのは秀吉だった。
周囲から見る秀吉に対する求心力がどんどん失われて行った。



(7)~信頼のナンバー2を作れなかった~

これは仕方が無いかも知れないが“血筋主義”を脱却出来なかった。
現代の国家でも企業でも血の繋がった人に
バトンタッチする例が少なくない事をわれわれは良く知っている。
血筋外の“ナンバー2”を育てるという事は
その人が取って代わって新しい天下を作るという事で
元の血筋は零落するか根絶やしにされる恐れがあるので踏み切れない。
どうしても血筋にすがってしまう。
有能な黒田官兵衛や蒲生氏郷などはその力量ゆえに疎まれて遠ざけられた。
領国を福岡や会津と京大坂から離された。
徳川家康だけは潰せないほどの存在になってしまっていた。
秀吉は織田信雄・徳川家康連合軍と小牧・長久手の戦いをしたが
苦戦してグズグズ講和に逃げた。
以後家康に“苦手意識”を持った。
トラウマになり家康を腫れ物のように扱った。
しかも家康は一応臣従のカタチを崩さないのでインネンを付けられない。
せいぜい三河駿河から江戸という少し遠隔地に移封したのが精一杯。
結局、家康は秀吉が存命中は臣従のカタチを崩さない。
辛抱強く時機到来(秀吉の死)を待っていた。
最終的に家康というナンバー2に乗っ取られてしまった事になる。
オナガガモ(尾長鴨)
昨日自転車散策中に江東区猿江恩賜公園にぶつかる。
池に鴨がいて陸にも上がって来ている。
割り合い慣れていてあまり神経質ではない。
のんびりしている。

おなががも (左)♀、(右)♂
方向転換
肉球が写っている。

方向転換猫
手前のモデルルームが取り払われた
モデルルームに遮られて奥のマンションやスカイツリーの様子が見えにくかったが
その仮の建物が取り払われた。
たぶん完売して役目が済んだのだろう。

手前の駐車場も再開発エリアだから将来マンションが建つ。

曳舟


(※以前の記事/2012年2月24日
好奇心
フェンスがあるから安心してのぞいている。

好奇心猫
『みんなのアムステルダム国立美術館へ』
先日ユーロスペースに映画『みんなのアムステルダム国立美術館へ』を観に行った。

初めて行く所なのでHPのアクセス地図を見ると
「ああ、あの辺りか」と分かったのでプリントせずに行く。

最初の12時の回に間に合うように余裕たっぷりに家を出た。
渋谷で降りて“その辺り”に行くが「ユーロスペース」が見つからない。
無いどころか、辺りはいわゆるラブホテル街で
おっさんがウロウロきょろきょろするのは憚れる場所だ。
すっかり不審人物。
とにかく感心するくらい軒並みラブホテルばっかり。
歩いている人も少ない。
たとえいてもワケあり的な人ばっかりで聞けず。
捜索範囲を少しずつ広げるがなかなか見つからず。

そのうち会社員時代によく歩き回った宇田川町辺りに出る。
その時によく入った東急ハンズもある。
もう諦めて帰ろうかと駅に向かうと井ノ頭通り途中分岐の交番があった。
ヤレヤレ、とにかく聞く。
教えられたら結局最初に行った場所で良かったんだ。
住所は円山町1-5。

改めて元来た道を戻る。
たしかここは2回くらい通り過ぎたのに気が付かなかった。
いくらなんでももう少しちゃんとした看板が欲しい。
表示が小さい。

もう最初の回は30分くらい過ぎているので次の回(14:10)のチケットを買う。
シニア料金1,200円。

ユーロスペース ユーロスペース

ラブホテル街の円山町と道路1本挟んで閑静な高級住宅地「松濤」が隣り合っている。
なんて不思議な位置関係なんだろう。

肝心の映画の方はまずまず良かった。
アムステルダム国立美術館のリニューアルに当たって
議論百出してなかなか前に進まず
10年掛かってしまった顛末のドキュメンタリー。
永久に終わらないかと思われた事態に
キレた館長の辞任劇も挟まりスッタモンダ。
やっとそれらも落ちつくところに落ちつき、
どうにか晴ればれと再オープンされた。

いつか本物のあの美術館に行きたいものだと思った。
宇宙ヨット「イカロス」 1,700日
打上げから1,700日。

4回目の冬眠中。







――――――――――




<その他のサイエンスニュース>






南極観測船「しらせ」が2015年1月12日昭和基地から500mの定着氷に接岸した。
前回、前々回と厚氷で接岸出来ず物資輸送が完遂出来なかったので今回は良かった。



2015年1月10日米国民間のスペースX社がISSへの無人補給船「ドラゴン」の打ち合上げに成功。
それに使用したロケット「ファルコン9」を再利用するための試験で
海上のはしけに逆噴射して着地を試みたが失敗した。
元々難しい試みなので成功まで何回か必要だろう。
成功確率は50%としている。



いよいよ2015年5月、油井亀美也宇宙飛行士がISSに向かう。
2016年6月頃には大西卓哉宇宙飛行士が向かう予定。
二人とも約半年滞在する。



しばらく新しいニュースが無かった金星探査機「あかつき」で
2014年12月18日JAXAや東京大学などの研究チームが発表。
「あかつき」を使った観測で「太陽風」は太陽半径(約70万km)の
5倍ほどの距離から急激に加速しているとの事。
「あかつき」は2015年度中に金星周回軌道への再投入をめざしている。



2014年12月18日気象庁発表。
10月に打上げられた静止気象衛星「ひまわり8号」が撮影した地球のカラー画像で、
静止気象衛星から撮った画像では世界で初めてのカラー画像だそうだ。



新しい電気ロケットエンジンとして「ヘリコン静電加速推進器」を
名古屋大学と三菱重工の共同研究で開発した。
これまでのヘリコンプラズマ発生装置は、エンジン寿命を長くするために、
プラズマに電極が接しないようにしていた。 
今回の研究では、あえて加速部に電極を配置することで
加速電圧を有効にプラズマ加速に利用できる仕組みを開発し、
「カスプ磁場」と呼ばれる磁場形状を利用して、
プラズマの流れが直接加速部に配置した電極に当たらないようにすることに成功した。
(2014年11月11日付Applied Physics Letters誌)



2014年12月5日にNASAの次世代宇宙船「オリオン」の実験機は打ち上げられ
地球をほぼ2周し約4時間半後太平洋に着水し当初の目的を達した。
今回の打ち上げはまだ無人の計画段階。
火星や小惑星の有人探査を目標に据えている。



ほかの人ならいざ知らず、
スティーブン・ホーキング博士が言うと
「そうかも知れない」と思ってしまう。
2014年12月2日のインタビューで
「われわれがすでに手にしている原始的な人工知能は、
極めて有用であることが明らかになっている。だが、
完全な人工知能の開発は人類の終わりをもたらす可能性がある」
「ひとたび人類が人工知能を開発してしまえば、
それは自ら発展し、加速度的に自らを再設計していくだろう」
「ゆっくりとした生物学的な進化により制限されている人類は、
(人工知能と)競争することはできず、(人工知能に)取って代わられるだろう」
と語った。



2014年11月6日、日本の5つの衛星がロシアの基地からウクライナ製のドニエブルロケットで打ち上げられた。
(1)ASNARO-1 450㎏ 経産省主管
(2)ほどよし1号 60㎏
(3)金シャチ1号(ChubuSat-1) 50㎏
(4)TSUBAME(東京工業大学)50㎏
(5)つくし(QSAT-EOS 九州大学)50kg
「ドニエブル」はICBM(大陸間弾道弾)を人工衛星用に転用した3段式液体ロケット。
余剰分転用なので打ち上げ費用が格安。
元来敵国の偵察から見られないように「地下サイロ」に入っている。
その穴倉から打ち上げられる。
圧縮ガスで穴から押し出されてから空中でロケットに点火される。



(※前回記事/2014年11月26日
たぶんユリノキの実
公園を通り過ぎる時に上をみたら
裸木に実のようなものがたくさん付いている。
当初プラタナスの実かと思ったが幹が全然違う。
分からないので写真を撮って帰って、ネット検索したら
どうやらユリノキの実のようだ。

集合果で多くの実が集まってカップ状、マツカサ状になっている。
一片それぞれは翼果と言って風に乗り拡散するそうだ。

ゆりのき2ゆりのき1
「東京駅一〇〇年の記憶」展
昨日、東京ステーションギャラリーで開催中の「東京駅一〇〇年の記憶」展を見に行った。
会期/2014年12月13日~2015年3月1日(月曜休館)
入場料/900円

一時高層ビルに建替える案も出ていたそうだが残して良かった。
これだけの堂々とした意匠、ランドマークは逆立ちしても生み出せない。

設計者・辰野金吾は使用煉瓦の数を、
●外壁用化粧煉瓦が約94万個、
●構造用煉瓦が約900万個と試算したが実際はやや少なくて済んだそうだ。
煉瓦と煉瓦の間の目地も通常の平板でなく、カマボコ状に盛り上がった
「覆輪目地」という職人仕事がなされている。
気の遠くなるような仕事が建設当時になされ、今回の平成リニューアルでも同じ仕事が行われた。


中央線 中央線高架を見上げる
東京駅 北口のドーム
模型 丸の内に高層ビルが無かった時代の模型。部屋の灯りを消して模型内部の照明を点灯して見せてくれる。
改札 展示室順路が終わりミュージアムショップへの動線途中の回廊から改札口が見える。
首都高をひと回り






首都高で疑問に思っている事がある。
設計においての基本中の基本だと思うが、分離や合流は必ず走行車線を起点にするという事。
ところが首都高には追い越し車線に合流し、追い越し車線から分離する所が大変に多い。
危険極まりない。
当初1964年のオリンピックにとにかく間に合わせるために
用地確保が充分に出来ず、設計時間も充分に掛けられなかったというのは
無理からぬ事と納得しないでもないが
その後新しく造られたルートも似たり寄ったりの危険な設計が続いているのはどうした事だろうか。

もうひとつ、中央環状線と5号池袋線の交差が大変危険。
欠陥設計と言ってもよいのではないだろうか。
立体交差ではなく平面交差。
中央環状線と5号池袋線が短い区間を共用している。
この短い区間の間に車線変更しながら向う側の道路に横切って辿り着くカタチになる。
心構えがないとグズグズしているうちに通り過ぎてしまって目的地に行けない。
初めて通過する人には難関の箇所だ。

建設費の問題だとしたらそれは違うと思う。
こんな欠陥設計では自然渋滞はもちろん事故渋滞の時間ロス、
そして死傷による人的ロスは国家として見た場合計り知れない。
そのロスを金額換算したらどちらが国益にかなうか。
明治通り踏切
なかなか開かなくて渋滞の原因となっていた
京成電鉄と明治通りの踏切高架化があともう少しの段階になって来た。

明治通り踏切
曳舟辺り
高架京成曳舟駅
高架工事中の京成曳舟駅。
残った下り線の工事が急ピッチ。

たから通りセットバック
「曳舟たから通り」
駅周辺の再開発で道路幅拡幅中。まだまだ部分的だが。
新築マンションもセットバックで道路から引っ込んんで建てられた。
今まで道が狭すぎた。。
イチゴの冬
この赤い色がタマラナイ。

いちご
アンズの実生失敗(2014年)
ロウバイが咲き始めていた
隙間の光
隅田川・南千住のバンド(BUND)。

南千住
都電荒川線の走る町(3)(4)
日なた
台所の曇りガラスに猫の影が映っていたので回り込んでみたら、いた。
まだ若いあどけなさの残る顔。

日なた猫
ニトベミノムシ終了
ずっとぶら下がっていた蓑が大晦日に落ちた。
間違いなく死んでいると思ったので開いてみたら案の定だった。

にいとべ2にとべ1


(※前回記事/2014年6月26日