普段のズボン(その2) 2015年05月

「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
ぶどう窓
緑色が目に入るのはいいものだ。
葉がもっと繁ればますますよくなるだろう。

ぶどう窓
ブドウが貧弱に結実
ツボミが全部受粉結実すればいいのだけれど
ほんの数えるほどしか実にならないのが残念。

全く結実せず枯れた房が多かったから、こんなショボイ房でも出来て良かった。
全滅よりは良かった。

ぶどう


(※前回記事/2015年5月13日
曳舟遠望
荒川の橋の上から曳舟方面を見る。
マンション群とスカイツリー。

曳舟遠望
堀切菖蒲園
堀切四季のみち 菖蒲園の近くにある「堀切四季のみち」
説明版あやめ、はなしょうぶ 説明版
あやめ

昨日堀切菖蒲園に行った。
6月1日から菖蒲祭りらしい。
その直前なので全体を見回すと三~四分咲きくらいだったが、
混雑が無くゆっくり見られて却って良かった。
花が素晴らしいが、どれがアヤメだかどれがハナショウブだかどれがカキツバタだか、
説明板を見てもどうもよく分からない。
アオスジアゲハ幼虫少し大きく
アオスジアゲハ幼虫は必ず葉の裏にいる。
この写真は葉を裏返して撮った。
終齢になると表側にも出るはず。

あおすじあげは


(※前回記事/2015年5月20日
「開けて!」
じっと待っている。

開けて
タチアオイ(立葵)
初夏の花。
赤からピンク、白まで。

たちあおい
ユスラウメ
真っ赤できれい。
味はサクランボに似ている。

ゆすらうめ
曳舟の「へび道」
台東区谷中の通称「へび道」が有名だが
墨田区曳舟にもくねくね曲がった裏通りがある。
ワタシはひそかに「曳舟のへび道」と呼んでいる。

ホシがうすい
テントウムシだと思うけど
ホシがこれから濃くなるのか分からない。

てんとうむし
線路の仕組み
よく出来ている。
人類の文化、技術の積み重ね。

線路
京成曳舟駅前の建設中マンション
曳舟マンション

タワークレーンは既に外された。
アオスジアゲハ幼虫
くすのきあおすじあげは

鉢植えのクスノキの幼葉に食い跡があるので、近くの葉を裏返したらやはりいた。
アオスジアゲハの幼虫。
孵化したての幼虫は柔らかい葉でないと食べにくい。
東京スカイツリーライン
とうきょうスカイツリー駅と曳舟駅の間。
背景は曳舟のマンション群。

東京スカイツリーライン
東武の曳舟駅ビル建設中
以前の駅前ビル(ボウリング場、飲食店、パチンコ屋など)が東日本大震災でヒビが入り、当初改修する方向と示されていたが結局建替えに方針変更になった。
そこは白鬚橋病院が入る7階建てのビルになるが、駅の後ろ側の駐車、駐輪スペースだった所も建物が建つようだ。
合体ビルなのか2棟の隣接ビルなのか分からない。

曳舟駅ビル
純粋階段
純粋階段

“純粋階段”のトマソン発見! 
と思ったが…、横に説明板があった。
なるほど、高齢者や身体の不自由な人のための“脚能力回復・向上”を図るための器具だった。

そういう意味では純粋ではなく不純な、
“立派に目的のある”有用な階段だった。
有用な無用階段。
形容矛盾。
反トマソン。
…いろいろな言葉が浮かんで来た。
こうなると芸術と現実(非芸術)は紙一重。

…。
…。
…。

「しかし、待てよ」
落ちついて考えてみると、この階段ってホントに利用する人がいるのか。
階段は家の内外、日常生活のそこら中にある。
整形外科などに通院している患者のために
あるいは介護施設にもそれなりの矯正・増進器具がある。

たまたま公園に来た人で、脚力に懸念があって
「どれ、やってみようか」という人が果して何人いるか。
試しに1~2回やっただけでは効果は表れないだろう。
またはこれを利用するためにわざわざ公園に通うか。
近くの小学生がふざけて使うのが関の山。

行政の自己満足?
善意の空転?
設置にそれなりのコストが掛かっているでしょう。

もし、そうならば
正真正銘の無用階段であり立派なトマソンですな。

でも、以上はワタシの下衆の勘ぐりであって、
ちゃんと有用な(役立っている)“反トマソン”である事を願っていますよ。
雪月花・花水木・木琴堂(12)
ヒルザキツキミソウ(昼咲月見草)
どこの道端でも普通に見かけるようになった。

ひるざきつきみそう
交通広場用地
京成曳舟駅前。

交通広場用地
ブドウの花
風媒花なので、昆虫たちに見つけてもらうための派手な装いは無し。
地味。目立たない。
あっさり素っ気ない。メシベとオシベのみ。

ブドウの花 (昨日撮影)


(※前回記事/2015年5月4日
見かけたクルマ、バイク(2)
鐘ヶ淵駅周辺
鐘ヶ淵駅周辺

東武の鐘ヶ淵駅周辺。
高架化はまだまだ遠い先。
大昔、高架化の話が持ち上がった時に近隣商店街が反対し沙汰やみになった経緯があるようだ。
ところが時代の流れは容赦がない。

鐘ヶ淵駅横の踏切は開かずの踏切になり、クルマの渋滞は常態化し
道の狭さもあって商店街は寂れる一方。
隣りの東向島駅の高架化と一緒に工事がなされていれば
少しは状況が変わっていたかも知れないが歴史に“if”は通用しない。
快晴ナミアゲハ
柑橘類をめざして引っ切り無しにナミアゲハが産卵に来る。

なみあげは
日常階段(5)(6)(7)
マンション越し
曳舟のいつもと違う角度から。

曳舟
踏み台
踏み台がハゲチョロになったので水性ペンキを塗る。

踏み台
シラン(紫蘭)
路傍でよく見かける。

しらん
曳舟マンション具合
曳舟駅周辺の何本目かの高層マンションでほぼ外形が出来た。

曳舟マンション


(前回記事/2015年1月1日
ブドウのツボミが出来た
とりあえず3房見つけた。

ぶどう2ぶどう1
電車は今日も (15、16、17)
昭和三十年代は遠すぎる(8)
当時は「東洋一の~」という形容詞がよく使われた。
「世界一」はなかなか手が届かなかったのだ。



給食で「揚げパン」が人気があったな。
あと「シチュー」もおいしかったね。
脱脂粉乳のミルクを「まずかった」という意見が定番だけど
ワタシはそんなでも無かったと弁護したい気持ちがある。



中学校の頃、問屋のおじさんに連れられて、
当時南千住にあった「東京スタジアム」にナイター見物に行った。
大毎オリオンズ対東映フライヤーズ。
この球場は「永田ラッパ」の大映永田雅一社長が作った。
交通が不便だったのとパリーグは人気がイマイチだったので
累積赤字が積り短命な球場だった。
左中間、右中間の膨らみが無いのでホームランが出易かったが
付帯設備は当時としては最先端でその後の球場の手本にもなったらしい。
今は荒川総合スポーツセンターや南千住警察署などが建っている。



最近の電信柱は金属に変わりつつある。
今まではコンクリートだった。
その前は木製だった。
クルマがコスルので保護の金属板が付いていた。
コンクリート製にも保護板は付いている。



小学校入学式の集合写真の時はフラッシュではなく
マグネシウムをボワッと焚いたね。



バイクの荷台の「出前機」は1950年代中頃、都内の蕎麦屋さんの発明。



ワタシが小学生の頃、父と浅草のお酉さま(大鳥神社)に行ったことがある。
まだ浅草が日本一の盛り場だった余韻が残っていた時代で
まあその群衆の凄まじさと言ったらなかった。
とにかく迷子にならないようにギュッと手を繋いで流れに身をまかせた。
どういう道順で、行って帰って来たのか人混み以外全く覚えていない。



お盆が終わるとお供え物の胡瓜の馬と茄子の牛などを
下敷きの筵で丸めて四つ木橋の上から川に流した。
川を汚すのでその後禁止になった。



1964年の東京オリンピックの開会式で秋晴れの空に五輪マークを見事に
描いたブルーインパルスは、練習の時に1回も成功していないんだってね。
本番で奇跡的に成功した。



即席ラーメンが出始めた。
熱湯を掛けて3分、画期的だった。
画期的だったけどなんか不完全だった。
不完全だが画期的という商品だった。



冷蔵庫は氷で冷やした。氷屋さんが配達に来た。
大きなノコギリでザクザクザクザクと途中まで切って最後はコツンと割る。
1貫目、2貫目が単位だった。



ルービック・キューブが大いにはやった時があるが
ワタシは一度も完成した事がない。



洗剤に“おしゃれ小鉢”が付いて来た。
“金銀パール”プレゼントというのもあった。
“♪カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂”
上原ゆかりの
♪マーブル、マーブル、マーブル、マーブル、マーブルチョコレート。