普段のズボン(その2) 2016年02月
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
(2016 02 21現在)“高谷(こうや)JCT”(仮称)の工事進捗状況
角を曲がる
こういう柄だとタマという名前じゃないかな。

猫
『はやぶさ 2』 450日
『はやぶさ 2』の打ち上げから450日目。

2016年2月最初の週にMASCOTのスイッチがオンにされた。
小型着陸機(30×30×20cm、10kg)。
ホッピング機構で移動出来る。
開発したDLR(ドイツの航空宇宙研究所)の人たちが運用のために相模原に来た。


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<その他のサイエンスニュース>




2016年2月17日(水)17:45種子島射場からH2Aロケットの30号機が打ち上げられた。
搭載されたのはASTRO-HというX線天文衛星であり、無事軌道に乗った。
そして「ひとみ」と名付けられた。
高さ575㎞を周回。


米国の2ヵ所にある重力波観測装置LIGO(ライゴ)を使って重力波を観測したと米国チームが発表した。
2015年9月の観測データを精査して2016年2月に公表した。
100年前にアインシュタインが予測したが、あまりにも難し過ぎて長年実現しなかった。
日本のKAGRA(かぐら)も後を追い掛けて観測を始める。


「9番目の惑星が有りそう」という論文が発表された。
研究者は米カリフォルニア工科大の教授たち。
見積もった質量は地球の約10倍。
軌道は海王星の約20倍遠くで、公転周期は1万~2万年。
遠すぎて直接観測はまだ出来ていない。


2016年1月17日米民間会社スペースX社は「ファルコン9」ロケットによりNASAの人工衛星を打ち上げに成功した。
その後1段目を再使用のため洋上の浮き施設に軟着陸させる予定(今回2回目)だったが失敗に終わった。
4脚のうちのひとつがロック不良だったようだ。
課題は軽微なのですぐ解決できるだろう。


2016年1月7日京都大学ほかのチームが発表。
ブラックホールの「またたき」を可視光で観測出来た。
世界各地のプロ・アマ天文家の協力を得て観測された。
近くの恒星のガスがブラックホールの重力に引き寄せられ円盤状にたまり、
一気にブラックホールに流れ込むことをアウトバーストと言う。
放出された高エネルギーのX線がガスに反射することで光り、
X線の強さが規則的に変動するため、光も瞬いて見えるそうだ。


(※前回記事/2016年1月7日
前面展望(2016.02.17)/山手線、東京→上野
店をのぞく
この姿勢が苦ではないようで長い間このままだった。

いぬ
キジトラ
外にいる猫は顔がきつい。

きじとら1きじとら2
旧中川の河津桜
河川敷に河津桜がたくさん植えられている。
もうじき満開。

昨年わが家の実生は残念ながら途中で枯れてしまった。

河津桜
語らい 陽の当たるところは気持ちいい
JR新橋駅から見る
新橋駅がなにやら工事中。
大屋根が出来つつある。

新橋2


ホームの端から汐留、浜松町方面を見る。
高層ビルがだいぶ建っている。

新橋1
『イカロス』打上げから2,100日
打上げから2,100日。
冬眠中。

太陽電池にそろそろ陽が当たって起きるころなんだけど。
源森川
源森川に沿う東武スカイツリーラインの高架。
脚部分が露わになってスッキリ。
最終的にどうなるのか。

源森160216 2016年2月16日撮影

以前載せた写真。
源森151006 2015年10月6日撮影
曳舟事情
(1)
東武の曳舟駅前にあった雑居ビル(4階建くらいだったか)はあの東日本大震災でひび割れが発生した。
その雑居ビルにはパチンコ屋、中華飯店、ボーリング場、屋上にはゴルフ練習場などが入っていた、
1階には交番も入っていた。
危険なのでしばらく使用禁止状態で善後策がいろいろ検討されたのだろう。
元々東武の所有ビルである。
当初は修復と耐震工事が行われるという話が聞こえて来たが
結局新しく建て直す事になった。

また雑居ビルになるのか。
そんなのを建てるくらいなら、
思い切って“こじゃれた駅前広場”にでもすればいいのにと思っていた。

そして1年くらい前に知ったのは白鬚橋病院が移転してくるという事だった。
今の白鬚橋病院の位置は、白鬚橋近くの明治通りと堤通りの交差する付近だが、
かなり老朽化が進んだにもかかわらず、建て替えするには隣接地にスペースが無かった。

代替地として浮上したのがこの東武の曳舟駅前である。
需要と供給が合致したようで新規建物の建設が始まり、現在3階くらいまで進んだ。
ホームページを見るとベッド数(199床)は従来と変わらずだから同規模。
ただし名称が新たに“東京曳舟病院”になるとの事。
来年(2017年)4月オープン予定。

東京曳舟病院 ※建設中の東京曳舟病院


(2)
“曳舟たから通り”も今まで狭かったが拡幅が予定され、少しずつではあるが進んでいる。
いくつもの区画に分かれて周辺の再開発が進行中で、さらなる計画中もあるようだ。
京成曳舟駅前には交通広場(ロータリー)が予定されているが、
用地は確保されているがその工事はまだである。

全体的に地域の価値は上がったが、固定資産税などやその他にも連動するから痛し痒しの一面も。
以前冗談でどこからか引用した『ヒキフネーゼ』なる言葉が、
その内冗談でなくなっておしゃれな街になる日が来るやも知れぬ。

曳舟たから通り ※道路拡幅のためセットバックされている
ユキワリイチゲ
雪割一華(一花)。

ゆきわりいちげ
クマシデ(熊四手)の新芽
暖かくなったら、あっと言う間に緑色の葉が出るだろう。

くましで
トーちゃん
1964年4月、高校に入学して、クラブはどこに入るか考えた。
たしか入部を促す歓迎会のような会が体育館で催されましたな。
各部が入れ替わり立ち替わりで勧誘のメッセージやパフォーマンスをやった。

ま、ワタシはなんとなくハンドボール部(送球部)に決めた。
1年生の新人は9人くらい集まったかな。
初顔合わせの時、A組のK村くんは老け顔で、高校1年なのに“おっさん顔”だった。
自然発生的に“父ちゃん”というあだ名が付いた。
2年になって下の1年坊主たちもK村の事を無遠慮に“父ちゃん”と呼んだ。
別段K村も嫌がらなかった。

彼は伊豆七島の新島出身。
野性味たっぷりで朴訥な性格。
身体は重戦車のようで脚にも剛毛が生えていた。
胸板も厚い。
ラグビー部が無かったのは惜しいくらいの身体だ。
しかし身体はゴツイが温和でおとなしい。
怒った顔は見た事が無い。

“速攻の練習”というのがある。
キーパーが遠投したボールを全力疾走していってキャッチし、
その勢いのまま相手ゴールにシュートをするという練習だ。
シュートが終わったらボールを拾ってまた元の所に戻り
同じ事を繰り返す。
合宿なんかだとそれが永遠に終わらないかと思うくらいに延々と続く。
しかも夏の炎天下。
「もう、いい加減に終わらないかな」と
監督の顔をチラッと見ると、全然止める気配が無い。
「あちゃ~」

ある冬の日、放課後の学校のグランドで練習していた。
その日、先生はいなかった。
われわれ2年生と下の1年生だけ。
3年生は受験で部活から退いている。
いつものメニューに従い練習を順に進めた。
そして速攻の練習の時だった。
遠投のボールを追いかける全力疾走のD組のK木と
シュートを終えて走って戻って来る“父ちゃん”がまともに正面衝突した。
「うわっ!!!」
両者グランドに倒れ込んだ。

K木は中肉中背で、どちらかと言うと“やさおとこタイプ”だろう。
あの“父ちゃん”とぶつかったんだから嫌な予感がそこにいた全員に浮かんだ。
みんなが一斉にK木の所に駆け寄り
「おい、大丈夫か!」

K木はショックで最初はうつろだったが少ししたら回復して来た。
どうにか自分で起き上がった。
「やれやれ、良かった」みんながホッとした。
生徒だけの時にけが人事故を起したらまずいもんな。
「良かった、良かった」

あ、そう言えば“父ちゃん”は?
みんなの意識がやっと“父ちゃん”の方に向かってそっちを見た。
なんと“父ちゃん”はグランドに倒れたまま唸っていた。
え~? まさか、そんな…。

“父ちゃん”はなかなか起き上がれない。
みんなでなんとか上体を起こしたが顔を歪めている。
そして肩と腕と左手親指を痛がる。
骨折が疑われるので近所の医者に二人付添いで連れて行った。
結果的に骨折はなかったが打撲と親指関節は脱臼だったようだ。

もののはずみというものは分からないもので
重戦車とやさおとこの衝突でも結果はその時次第という事ですね。

おとなになってから聞いたのは
いつの間にかB組のM野の妹と“父ちゃん”が結婚したというニュースだった。
あの不器用な男が、いつどこでそんな事になったのやら…、マッタク。

“父ちゃん”とは先日の呑み会でも会った。
実際の年齢が、昔からの風貌にやっと追い付いて来た“父ちゃん”であった。
ヒゲ面の熊おとこになっている。
下の京成曳舟駅撤去
下り線ホームがあった場所。

京成曳舟駅撤去
ジンチョウゲ
クルマの下の黒猫
影に入ると溶け込む。

黒猫
元踏切だった箇所
曳舟たから通りと京成押上線の交差。
すぐ横のマンション建設にともない曳舟たから通りも拡幅工事中。

曳舟たから通り交差
昭和三十年代は遠すぎる(15)
東京タワーが昭和33年に出来た時のカラーリングが大展望台の所は赤だった。
そこが今は白になっている。
小学校の時の図画工作の時間に、完成したばかりタワーを描いたのでよく覚えている。


親たちは、特に女親は親戚の家に行ったり、
親戚が来たりした時に
きちんと畳に手を付いて平伏して他人行儀に挨拶していた。
けじめが身に付いていたんでしょう。


1964年の東京オリンピックで初めて「トリニダード・トバゴ」という国がある事を知った。


小学校には二宮金次郎の像があった。
この前テレビで見たのは二宮金次郎と小便小僧の合体で
金次郎さんが本を読みながらオシッコをしていた。


中学生の時、オープンリールのテープレコーダーを買って貰った。
東芝の「カレッジエース」という商品だった。
録音した自分の声の違和感に驚いた。


小学校の時、お昼の校内放送でちょっとしたドラマをやるのに
4~5人選ばれてチョイ役で出た。
放送部の先生がリーダーになりいろいろ指示を出した。
短いセリフしかなかったが初の体験。
あらかじめ録音して給食時間に放送されたが
自分の声が出たら、たまらなく恥ずかしかった。


わら半紙にガリ版。


女性の会社員の呼称が“BG”から“OL”になった。
女性誌『女性自身』の公募で決まり一般に定着した。


駅に伝言板(黒板)が有った。


アマチュア無線というのをやっている人がいた。
家に特殊なアンテナを立てていた。
いろいろグレードがあるようで、今でもかなり大きくて複雑なアンテナがある家をたまに見かける。


伝書鳩も趣味で飼っている人がいた。
新聞社も記事を伝書鳩で送る事もあったらしい。
新聞社にハト小屋があった。


食べてすぐ横になると牛になると言われた。


モスリン、キャラコなどという生地があった。
スフはもっと前か。
メリヤスはまだ現役か。


中学3年の時、晴海貿易センターのスケートリンクに行った。
同級生のT本くんと。
彼はお姉さんがふたりいて、何回も一緒に行って経験があるらしくかなりうまく滑る。
こちらは初めてなので大変苦労したが、1~2時間悪戦苦闘していたら
なんとか少しは滑れるようになって来た。
帰り支度をしていたら場内が騒がしくなって人だかりがしている。
イタリアの女優クラウディア・カルディナーレが映画の宣伝かなにかで来日したついでに
スケートの写真を撮影する企画かなにかで来たらしい。
まったく初めてらしくかろうじて立っているのがやっとだった。
でもにこやかに笑顔を振りまいていた。
昨日漢字検定
年に3回。
会場は全国多数。
ワタシは東京メトロ東西線東陽町下車の会場。
運河の正面に東京タワーが見えた。

運河
寒さの中にも
まだ木々は裸だが、2月になってもう寒さの先が見えて来た。
もう少しの辛抱。

裸木
明治通り踏切跡
ユキヤナギの花芽
ここまでくればあとは時間の問題。

ゆきやなぎ
早咲きの紅梅
小村井(おむらい)香取神社の早咲きの紅梅。
境内の香梅園梅まつりは2月20日(土)からのようだ。

紅梅
豊海水産埠頭(写真追加)
ゆりかもめ ユリカモメ
もやい杭 もやい杭がいい具合に錆びている
豊海水産埠頭
昨日の朝ちょっと所用で出掛けて、その帰路亀戸バスターミナルで日暮里行きのバスを待っていた。
待っている間に隣りの停留所を見ると「豊海水産埠頭」行きとなっている。
「う~ん、まだ時間も早いしそっちにも行ってみるかな」

「豊海水産埠頭」ってどこだ?
たぶん晴海や豊洲の近所だろう。
久し振りに海っぺたに行って海風を吸うのもいい。

一度押上に寄るような感じになって、駒形、両国、清澄白河、門前仲町、月島、勝どきと通って豊海水産埠頭の終点に着いた。
そこはほとんど倉庫やトラックターミナルばかり。
運河を挟んで晴海埠頭の隣りだ。
日曜なので閑散としていた。
釣りをしているおにいさんがひとり。

豊海水産埠頭レインボーブリッジ

レインボーブリッジが遠く逆光で見える。
別の方角には竹芝桟橋なども見える。

竹芝桟橋1竹芝桟橋2

それなりに納得して帰宅。