普段のズボン(その2) 昭和三十年代は遠すぎる
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
昭和三十年代は遠すぎる
小学校一年入学の時、上履きとしてゾウリ袋にゾウリを入れて持って行った。
草履だよ草履、本物のゾウリ!
ゾウリ時代は短かくてすぐ靴時代になった。


荷馬車が家の前の通りを通っていた。
馬糞が道の真ん中に点々と落ちていた。


小学校の上映会などでスクリーンに数字が「3、2、1」と出た。
みんな大声で「…さん、にい、いち」と声を出したねえ。


ウチにまだテレビが無く、近所の級友の家がテレビを買った。
夜、見せてもらいに行った。
『日真名氏飛び出す』。久松保夫の探偵と高原駿雄の助手の泡手大作。
製薬会社三共の提供で風邪薬“ルル”はこの頃からのロングセラーだ。
「♪ クシャ~ミ3回、ルル3錠」
ウィキペディアで確認すると放送は土曜夜9:10~9:40。
思えば、よその子が夜遅くまで帰らないので迷惑だっただろう。ごめん。


放課後、掃除当番がストーブの石炭ガラを
校庭の隅の置き場に捨てに行った。


オトナが手ぬぐいを腰にぶら下げていたね。


4時間目になると給食調理室からいい匂いが漂った。
食べ残したコッペパンは給食袋に入れて家に持ち帰った。
翌日位になるとかなり固くなった。
風邪などで休むと近所の級友がパンだけ持って来てくれたような記憶もある。


卵やリンゴの保護クッションはモミ殻だった。


小学校の卒業アルバムに教頭先生が『禍を福に転じて知らぬ顔』と
筆で書いたものが載っている。小学生なりに感銘を受けて未だに忘れない。


生れて初めてコーラを飲んだのは中学の運動会の時。
おいしいのかそうでないのか分からなくてとにかく衝撃だった。
液体の咳止め薬に味が似ていた。


ワタシが中学の頃、学校のすぐ近くの京成電鉄の小さな踏切で
映画『下町の太陽(山田洋次監督の2作目)』のロケをしていた。
主演の倍賞千恵子の働いている所が曳舟の石鹸工場という設定。
役名が“寺島町子”…、映画のロケ地の旧町名が寺島町だったからね。



(♪タタ~ミ3枚、部屋3畳…、こんなダジャレ言っても今の若い人には通じない)