普段のズボン(その2) 本屋はサイコ
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
本屋はサイコ
(あくまでもフィクションです。フィクションを書いてみた)



昼休み、山坂は少し早めに会社の建物を飛び出した。
少しでも遅れると近隣の会社員が一斉に定食屋やレストランに繰り出すので
ごった返してなかなか思うように食事に有りつけない。

うまい具合に今日は目的の店で目的のランチが食べられた。
さて次に寄るのは本屋だ。
こうやって自分の好きに行動出来るので昼休みはひとりで過ごしている。

入社した当時は部長と一緒に食べに出ていたのだが
上司と食べてもおもしろくもなんともない。
就業中に必要な事務的な話はするし冗談も言い合うのだが、
それ以外の時間に一緒の行動をするのがだんだん煩わしくなった。

中途入社なので完全な同輩は無く、目上か目下しかいなかった。
“放課後”に同僚と呑みには行くが昼休みくらいは勝手な行動がしたかった。

さていつも寄るこの本屋は大きい。
都心の一等地の大きなビルのワンフロア全部が売場だった。
文庫本の棚に向かう。

出版社別に並んでいるので人気作家の場合は各社の割り当ての棚を全部見ないと見落す。
さすがに司馬遼太郎は圧倒的なボリュームだ。
長編が多い。
例えば『坂の上の雲』は1卷から8卷(文庫の場合)までが並んでいる。

ふと見ると3が7と8の間に入っている。
なんかこういうのイヤなんだなぁ。
気持ち悪い。収まりが悪い。
手を伸ばして3を正規の場所に入れ替える。
とりあえずまずまずの気分。

翌日もまた寄った。
「あれ?」
今度は池波正太郎の『真田太平記』の1と6が入れ違いになっている。
また直す。
念のため他の作家を点検したら、まず大丈夫だった。

さらに翌日。
「うわ!」
今度はアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』全5巻の全部が逆順に並んでいた。
「こりゃ完全に意図的だ」
昨日まではアバウトな客が戻す所を間違えたと思えたのだが。

「う~ん」なんなんだろう。
ちょっとした愉快犯だ。しかし迷惑には違いない。
しかしこの並びを直したら見知らぬ“犯人”のゲームに乗ってしまう事になる。
「やるまい」
伸びそうになる腕を必死に抑えて棚を移った。

そして周囲を見回した。
どこのどいつがやったんだろう。
もしかしたら並べ直す山坂を観察していたか。
軽いサイコパス? こわい。
分からない。
もしかしたら並べ直す山坂も一種の病気?
現代は程度の差があるだけで全員病気なのか。
困った。困った。

周囲の雑踏は通奏低音のように雑多な音が鳴っている。
緊急自動車のサイレンが近づいて遠ざかる。
みんな華やかで明るく楽しそうだ。
午後の少し気怠い雰囲気。
真剣にそれぞれが自分の本探しに没頭していた。

“もうひとり”の山坂はいつもの“いたずら”をやりに再び文庫書棚に戻った。