普段のズボン(その2) トーちゃん
「世の中スイスイ(粋々)、お茶漬けサクサク…」志ん生、志ん朝の噺に出て来るフレーズ。肩の力が抜けてあんにゃもんにゃです。~長い散歩の途中~
トーちゃん
1964年4月、高校に入学して、クラブはどこに入るか考えた。
たしか入部を促す歓迎会のような会が体育館で催されましたな。
各部が入れ替わり立ち替わりで勧誘のメッセージやパフォーマンスをやった。

ま、ワタシはなんとなくハンドボール部(送球部)に決めた。
1年生の新人は9人くらい集まったかな。
初顔合わせの時、A組のK村くんは老け顔で、高校1年なのに“おっさん顔”だった。
自然発生的に“父ちゃん”というあだ名が付いた。
2年になって下の1年坊主たちもK村の事を無遠慮に“父ちゃん”と呼んだ。
別段K村も嫌がらなかった。

彼は伊豆七島の新島出身。
野性味たっぷりで朴訥な性格。
身体は重戦車のようで脚にも剛毛が生えていた。
胸板も厚い。
ラグビー部が無かったのは惜しいくらいの身体だ。
しかし身体はゴツイが温和でおとなしい。
怒った顔は見た事が無い。

“速攻の練習”というのがある。
キーパーが遠投したボールを全力疾走していってキャッチし、
その勢いのまま相手ゴールにシュートをするという練習だ。
シュートが終わったらボールを拾ってまた元の所に戻り
同じ事を繰り返す。
合宿なんかだとそれが永遠に終わらないかと思うくらいに延々と続く。
しかも夏の炎天下。
「もう、いい加減に終わらないかな」と
監督の顔をチラッと見ると、全然止める気配が無い。
「あちゃ~」

ある冬の日、放課後の学校のグランドで練習していた。
その日、先生はいなかった。
われわれ2年生と下の1年生だけ。
3年生は受験で部活から退いている。
いつものメニューに従い練習を順に進めた。
そして速攻の練習の時だった。
遠投のボールを追いかける全力疾走のD組のK木と
シュートを終えて走って戻って来る“父ちゃん”がまともに正面衝突した。
「うわっ!!!」
両者グランドに倒れ込んだ。

K木は中肉中背で、どちらかと言うと“やさおとこタイプ”だろう。
あの“父ちゃん”とぶつかったんだから嫌な予感がそこにいた全員に浮かんだ。
みんなが一斉にK木の所に駆け寄り
「おい、大丈夫か!」

K木はショックで最初はうつろだったが少ししたら回復して来た。
どうにか自分で起き上がった。
「やれやれ、良かった」みんながホッとした。
生徒だけの時にけが人事故を起したらまずいもんな。
「良かった、良かった」

あ、そう言えば“父ちゃん”は?
みんなの意識がやっと“父ちゃん”の方に向かってそっちを見た。
なんと“父ちゃん”はグランドに倒れたまま唸っていた。
え~? まさか、そんな…。

“父ちゃん”はなかなか起き上がれない。
みんなでなんとか上体を起こしたが顔を歪めている。
そして肩と腕と左手親指を痛がる。
骨折が疑われるので近所の医者に二人付添いで連れて行った。
結果的に骨折はなかったが打撲と親指関節は脱臼だったようだ。

もののはずみというものは分からないもので
重戦車とやさおとこの衝突でも結果はその時次第という事ですね。

おとなになってから聞いたのは
いつの間にかB組のM野の妹と“父ちゃん”が結婚したというニュースだった。
あの不器用な男が、いつどこでそんな事になったのやら…、マッタク。

“父ちゃん”とは先日の呑み会でも会った。
実際の年齢が、昔からの風貌にやっと追い付いて来た“父ちゃん”であった。
ヒゲ面の熊おとこになっている。